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ミドルネームはエリーゼ、丸山田 誠一郎

 春川と印藤、藤内の3人は、入り口から少し進んだ場所にある、お化け屋敷の前で立ち止まっていた。この三合レジャーランドに人が出入りできる建物は多い。目の前のお化け屋敷もそうだが、プラネタリウム。レストラン。トイレ。プールもある。どこから手をつけるべきか迷ったが、とりあえず目の前の建物から調査することになった。


 三合レジャーランドのお化け屋敷は有名だった。一年前、印藤とデートでここを訪れたときの記憶が、春川の頭の中で鮮やかに蘇る。当時の売りであった、リアル感満載の特殊メイクを施したスタッフがあちこちに配備され、凝った演出とともに登場する恐怖感が若いカップルにウけた。


 春川らも期待して乗り込んでみたが、それからがタイヘンだった。なにせ、お化け役のアルバイトが印藤と目があった瞬間、それまで怠慢だった職務の分を取り戻すかのように、金切り声を上げ、生ける屍を髣髴(ほうふつ)とさせる特殊メイクの顔で『お化け!』と叫んで気絶してしまった。


 仕方が無く、倒れたバイトの代わりにノーメイクの印藤がそのポジションに立って代役した所、一躍限りなく本物に近いお化け屋敷として有名になり、その日の入場者数は、過去最高となった。


 当の印藤にとっては失礼極まりない話だが……ちなみに、臨時アルバイトということで、バイト代が出たのだが、春川は印藤に黙って、ポケットにつっこんだままであった。後日、別の女の子と一緒にここに来て、全額使ってしまったことがばれれば、春川は特殊メイクなしの生ける屍になるかもしれない。


「おい、どうしたよ?」


「ギャア!? お化け!!」


 急に目の前に飛び出してきた印藤の目を見て、あの時の記憶が蘇り、思わず春川は叫んだ。


「お前……昨日からマジでムカつくな。俺は15歳だぞ? JKだぞ? どこの世界にそんな反応しか返さない奴がいるんだよ、アア!?」


 『今時のJKは殺人的な瞳で、人の首絞めて、足元のコンクリに穴空けたりしないよ』、と春川の目が語っていた。


「あ、あああああ!? 後ろ、マジで出た!」


 春川は印藤の後ろのお化け屋敷の入り口を指差し、喚き散らした。


「てめえ……マジで殺すぞ……」


「ウフフフフフフ。ここで網を張っていれば、必ず来ると思っていたわ。ヴァンパイアハンター共!」


 背中から声がして、印藤は振り向いた。お化け屋敷の中から一人の少女が出てきたようだ。


「あん? ……ババア幼女……?」


 エリーであった。先日春川と搬入口でやりあった時の様に、顔半分が包帯のままであり、右足を引きずりながら闇から這い出てくる。


「昨日はそこのボウヤにお世話になったわ。けれど、もう引き下がれないのよ。お父様が……お前達を始末しろと仰られた。この命はお父様の物。お父様の為なら私は死ねる」


 印藤は春川に振り返り、過去最高の加奈子ちゃんビームをつぶらな瞳から発射した。


「おい」


「は、はひ!?」


「始末したんじゃなかったのか?」


 春川は顔面蒼白となり、小刻みに震えだした。そして、見苦しい言い訳を始める。


「い、いやあ~何かの手違いかも。あ、もしかして双子なんじゃないの!? 世の中ってフシギ」


「そうね。世の中解らない事だらけだよね。加奈子、困っちゃう」


 急に可愛らしい声と、愛くるしい表情で、印藤は春川に抱きついた。


「おほっ! インコちゃん。やっぱオレに未練アリ? あら、インコちゃんちょっと成長したんじゃないの? もしかして、AからBになった?」


 春川は突如豹変した加奈子ちゃんの熱い抱擁にうっとりしていた。しかし、その時間は長く続くわけが無く……。


「なんていうワケあるとでも思ったか? このクソボケハナクソヘンタイ王子が!」


 印藤は春川の腰にまわしていた腕にぐっと力を込め、そのまま上半身をそり返し、春川の頭をコンクリートで舗装された地面にめり込ませた。プロレス技でいう、ジャーマンスープレックスである。


「彩華。その馬鹿と先行ってて。この幼女はオレが責任持って処分しとくから」


「は、はい。……春川くん、行きましょう。生きるんです。逝ってはダメです」


 藤内は、春川を地面から大根のように引き抜くと、肩にかついで奥へと消えて行った。


「あら? いいの? 彼のあの武器がなければ私には勝てないわよ? この前でもそうだったじゃない。ちょこまか動くだけのヘボ女のクセに。せっかくの切り札を切らずに捨ててしまうなんて……バカな子」


 エリーはせせら笑い、印藤の怒りを(あお)ろうとする。


「は。あんなバカの力借りるくらいなら、ここで死んだ方がマシってもんだ。それに」


 印藤は懐からポケットウィスキーのボトルを取り出し続ける。


「俺には奥の手もある」


「何よ、今度は別のクスリ? 芸が無いわね。お姉さんが遊んであげるわ、かわいいお人形さん。……フフ。すぐに中に詰まった綿引き抜いて、雑巾にして、床に落ちた臭い牛乳を拭いて、生乾きにして放置してやるわ」


「言ってろ、幼女」


 印藤はポケットウィスキーのフタを空け、一気に飲み干した。周囲には甘ったるい匂いが立ち込め、印藤は唇から垂れていた一筋の雫を袖で拭うと、エリーにゆっくりと近づいた。Zealotである。


 エリーはゆっくりと迫る印藤に向け、灰色に変色した巨大な右手を、ハンマーのように真上から叩きつけた。印藤はそれを左手で受け止める。


「今度はパワータイプってわけ? フォームチェンジもできるのね。最近のお人形さんはすごいわ、アクションフィギュアの真似事までできるなんて、さすがMADE IN JAPAN!」


 エリーは左手を同じく印藤に向けて叩きつける。印藤もそれに応え、右手を差し出し受け止める。二人の間に力の拮抗が生じ、それが周囲に伝播して地面にヒビが入る。


「残念、ほんとは俺。MADA IN USAなんだよ。ちなみにミドルネームはエリーゼな。カナコ・エリーゼ・インドウ。エリーって呼んでいいぜ? お前に呼ばれたら吐き気がするけど」


 力と力の押し合い。単純な我慢比べ。根性の見せ合い。そこに一切の駆け引きはなかった。やがてエリーはしびれを切らし、一歩引く。


「とんだ産地偽装だわね。このクソ人形は……いいわ。今は一対一。気兼ねなく、私も本気を出せる……」


「はいはい。三段変身? 変形合体? それともあれか? メダルでコンボチェンジか?」


 エリーは膝を地面に付き、自らの体を抱きしめ、変貌を始める。ワンピースの背中が二箇所、背中から生え出た角のような物に裂かれ、それがドラゴンの様な翼に変わると、紫色の尻尾も生えた。


「どうかしら? 今日の朝8時にテレビを付けたら、ちょうどこんな感じの奴が出ていたのよ、かっこいいでしょう?」


「パンチ力何トンいくんだよ? それ……」


 印藤のボヤキが終わる前に、エリーはドラゴンのような翼をはためかせ、風を切って飛んだ。巨大な両の手から爪を生やしてスピードとパワーで印藤を切り裂く。


 印藤は身を引いてかわし、エリーをやりすごしたかたに思えたが、尻尾が印藤の首に巻きつき、空にさらわれる。エリーは観覧車の頂上まで飛行し、そこから印藤を地面へと突き落とした。


「さよなら、俺っ娘ツインテール。中々萌えだったわよ。体ごとぺたんこになれば、もう胸の事気にしなくてすむわよね? ありがたく思いなさい」


 印藤は地面に落下し、土煙にまみれ、その姿を確認する事が出来なくなった。エリーは地面に着地すると死体を確認する為、爆心地となった墜落地点に向かう。


「お前の洗濯板に言われたら、さすがに俺の堪忍袋の緒もブチ切れだぜ」


 土煙から姿を現した印藤は所々服が破けているものの、無傷であった。


「しぶとい奴ね、お前。今度こそ、ぶっ殺してやるわ」


「そりゃ、こっちのセリフだってーの。おい、ババア。知ってるか? ゲームにゃよ。一時間に一回くらいしか使えないチートなスキルがあんだよ。大抵そういうのは重ねがけできねー仕様になってる」


 印藤は懐から栄養ドリンクを取り出して、続ける。


「俺は分の悪い賭けは大嫌いだ。絶対に勝てる戦いしかしない。けど……親友の為なら……るなるなの為なら賭けてもいい。俺の命をチップにして、全額でな」


 栄養ドリンクのフタを開けて一気に喉に流し込んだ。


「るなるながいなかったら今の俺はいない。俺の大事な人を助ける、その為なら……俺は自分に課したルールも破る」


 FrenzyとZealotの同時服用。印藤は自ら『加奈子ちゃんルール』を破った。その先に待つであろう結果を省みず。


 そしてこれは初めてのことだった。初めて他人のために命をかけた。たった一人、いじめられていた自分を助けて、初めて友達になってくれた瑠奈を助けるために。


 印藤は笑った。そして嘲笑った。さっきまでの自分がウソのようだ。はっきり言って、負ける気がしない。すべてがスローモーション。すべてが塵よりも軽く、もろい。


 それは目の前の敵とて同じ。印藤が一歩進む。それだけで、エリーの驚愕した顔が眼前に迫る。エリーの右手がピクリと動いた瞬間。印藤は頭突きをエリーの頭部にそれよりも数1000倍早く叩き込んだ。


 エリーはお化け屋敷に突っ込み、その拍子に建物は倒壊し、エリーはその中に埋もれた。


 これで終わりかと思った瞬間、瓦礫の中から空へ飛翔して、エリーが空中から迫った。エリーが何かを喋っている。しかし、遅すぎて逆に聞き取れない。すでに印藤はエリーと同じ時間の流れの中を生きてはいない。


 印藤はなおも笑う。そして、音速を超えて走り回り、エリーをかく乱する。


 空中にいたエリーは一瞬動きを止め、倒すべき相手がどこにいるのか解らなくなる。すさまじい勢いを持った運動エネルギーのベクトルその物となった印藤の姿を、視ることなどできはしない。


 エリーの目の前を何かが横切ったと思ったら、背後で何かが爆発したかの様な衝撃に襲われ、また即座に別方向からの衝撃。さらに、衝撃。そして、衝撃。衝撃。


「フルボッコじゃすまさねえ……ここでカタをつけてやる……エリー……」


 凄まじい勢いでエリーは空を切り裂き、風そのものとなって、三合レジャーランドの空中をポップコーンの様に舞った。一方的、いや。圧倒的であり、無慈悲な猛打……。


 そして、トドメの一撃がエリーの腹部に炸裂する。印藤が全体重を乗せ、空中からエリーの腹目掛けて、飛び降りたのだった。


 静寂。そして、時が流れ始めると同時。エリーは動かなくなり、勝敗は決した。


「俺は、幼女だろうと定休日だろうと容赦はしねえ。お前とも……ここまでだ」


 印藤は聖水のペットボトルを取り出し、エリーに歩み寄った。

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