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フルアーマーマルちゃん出撃、丸山田 誠一郎

 13時00分。成田空港。ケネディー国際空港から一機の飛行機が着陸し、大勢の上客が日本に足を踏み入れた。そして、その中には招かれざる客の姿もあった。


「お父様……」


 スーツ姿の吉村が、空港の入り口から出てきた一人の男の姿を捉え、恭しく頭を下げる。


 男は無言のまま、トランクケースを吉村に差し出し、少し唇を吊り上げた。吉村の乗ってきた車の後部座席に座り、その巨体を落ち着かせる。


「お父様。お会いできて私は幸せ者です。今日はとびきりのディナーを用意しております。大好物でしょう? 若く美しい女の血は……」


 吉村はそっとバックミラーで最愛の父の様子を盗み見て、その表情に満足した。バックミラーには、薄いヒゲが生えた口元が映し出され、それが先ほど以上に奇怪なほど歪んで見える。


 田中 聖一郎……『T』が来日したのだ。これで今宵の晩餐の準備は整った。後は……。


 田中 聖一郎が来日して5時間後。春川は自室のベッドの上で、戦の準備をしていた。いつも通りの学生服に、いつも通りのスニーカー。これが、ヴァンパイアハンター春川 優人としての正装なのである。


「優ちゃ~ん。今日は優ちゃんの大好きなカレーよ~? あら、どこかお出かけ?」


「あ、六姉。オレ、ちょっと友達のとこ行って来るよ。今夜はちょっと遅くなるかも」


 ドアの隙間から顔を出した六番目の姉……エプロン姿の春川 六花(りくか)は残念そうに、おたまを持つ手を下にさげ、シュンと落ち込んだ。


「そっか~五姉は大学の飲み会だし~二姉は今日仕事で遅くなっちゃうんだよね。七美(ななみ)八月(やづき)は遊びに行って帰ってこないし~九理栖(くりす)十菜(とおな)はトラえもんごっこしたまま、二ヶ月帰ってきてないから、今日は優ちゃんと二人だったのにぃ。私一人か……」


 春川家は13人姉弟である。そして、12姉妹はそれぞれ1から12までの数字が名前に入っているのだ。長女 一美(かずみ)はすでに結婚しており、家を出ているし、四女 四音(しおん)は一人暮らしをしている。しかし、日曜の夕食は姉弟全員が顔を合わせ、食事をする決まりがあった。


「悪いな、六姉。今日はどうしても外せないんだ。大事な人がさらわれちまってるのさ。オレは命をかけてその人を……助けないといけない」


「優ちゃんすごいーー! まるでトラえもん第237話の『ノブタくん奪還作戦~血みどろのドラム缶~』で見せたトラえもんの横顔そっくり!」


「フ……微妙な褒め言葉ありがとよ、六姉。そんじゃ、オレは行くぜ」


「いってらっしゃ~い」


 六花の能天気な見送りの言葉を背に受け、春川は玄関の扉を後にする。トライデントをその肩に担いで、ふと、赤くなり始めた空を見上げた。


「るーちゃん。待ってろよ。絶対助けてやるからな! そんで、その後は……」


 見上げた空に浮かんだ雲が、瑠奈の持つ柔らかな果実に見えてきて、よだれを垂らしかけた。しかし、その雲が風にさらされ、どこかで見た事のある50代の男の顔に変形し、よだれは生唾へと変わる。


「マ、マルちゃん……せめて妄想中の時は邪魔しないでよ……」


 春川の持つ豊かな想像力が、瑠奈の双丘から、誠一郎のワイシャツの下の脂肪を連想してしまい、一気に興が削がれた。


「いや、待て、トントロと思え……オレ。う、豚肉か……そういや最近焼肉食ってねーな。今度半額シール店からパクって勝手に貼り付けちゃお」


 明日の晩御飯は焼肉だと決めて、三合レジャーランドへと歩みを進める。そして、18時53分。目的地の前には、藤内、印藤がすでに待機していた。


「ありゃ、マルちゃんは?」


 春川がそう問いかけたとき、ドスドスと地響きがしてこの物語の主人公が現れた。


「遅いんじゃねーの、ってうわ!」


 今さっき自分もたどり着いたことを棚に上げて、文句を口にした春川だったが、誠一郎のその姿を見て声を上げた。


「や、やあ。ちょっと遅くなったかな? お店にちょっと寄って行ったんだよ」


「ちょ、デブ。何やってんの……」


 印藤は目を丸くして、誠一郎の姿を上から下まで眺めた。加奈子さんのファッションチェックである。評するならば、『ありえない』だ。頭にはカレー用の鍋を被っており、胴体にはどこから持ってきたのか、野球の審判が使う防具を着用し、左手にはなべのフタ。右手には鯉のぼりの先端部分。そして両足には何故かスキー靴を履いている。さらに、半額シールと2割引シールをたすきのようにしてX字にクロスさせている。


 これが、最終決戦に向かう主人公の姿であった。


「マルちゃん、個性的な戦闘服ですね。病は気からといいますし、気持ちで負けていてはいけないと……思います。……プっ」


 藤内は笑いを堪えながらなんとかフォローをした。印藤はとりあえず写メを取ってあとでブログにアップしようと考えた。春川は体に巻きついた半額シールを後でこっそり盗もうと思った。


 一同はそれぞれの思いを胸に、決戦の地。三合レジャーランドへと足を踏み入れる。


 三合レジャーランドは、つい先月閉園したばかりの遊園地だ。去年までは活気に満ちていて、若者のデートスポットとしてその場を提供していた。


 かくいう春川も、何度か女の子と来ている。無論、印藤とも。


「これはこれは皆さん。……おそろいで」


 入場門をくぐった先にあるベンチに、一人の男が腰掛けていた。


「ブチョー……どうしたんだ? 連絡ぜんぜん付かないし、オレちょっと心配したんだぜ」


 もちろん、春川が心配したのは渡辺の安否ではなく、『放課後うはうはパニック2』を無事に貸してくれるかどうか、である。


 渡辺はベンチから立ち上がり、一歩前に出る。


「何故、僕がここにいるか? よく考えて御覧なさい。田中さんと共に消えた僕。これまで連絡がつかなかった理由……さあ、答えはもう出たでしょう?」


「まさか……」


 誠一郎はハッとして、一歩前に出て渡辺と目を合わせた。


「渡辺部長……あなたは……」


「そう、僕こそが!」


「瑠奈の彼氏だったのか!」


「スパイだったのです!」  


 誠一郎と渡辺の口が同時に動き、言葉がすれ違った。


「は?」


「よくも瑠奈を……よくも……嫁にいけない体にしたあげく、金を要求し、師匠さえもその毒牙に……このヘンタイめ!」


 誠一郎はさらに一歩前にでて、渡辺は肩を空かせて、呆れてみせる。


「そんなワケないでしょう? 僕は紳士です。これも崇高な目的の為……彼女達にはその尊い犠牲に――」


 と、言ったところで、スーツの内側のポケットからDVDのケースが落ちて、『放課後うはうはパニック2』のケース裏のいやらしい写真に、その場にいた一同の視線が集まる。


「ほう……渡辺部長は瑠奈や師匠にこんな事をさせようと? 確かに崇高な目的だな。覚悟しろ、渡辺 義久!」


「……まあ、もう。どっちでもいいですよ。ここであなた達を少しでも足止めしろと上から言われてるのでね。来なさい、丸山田くん。エリートと窓際社員の違いを見せてあげましょう」


 そのセリフと同時、一気に間合いを詰めた渡辺の華麗な上段蹴りが、誠一郎の頭の鍋を粉々に砕いた。

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