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俺の妹がこんなにかわいいわけがある、丸山田 誠一郎

「お兄ちゃん~起きて~朝だよ~」


 赤い髪を両端で結った少女が、ベッドの上で掛け布団に(くる)まり、ダンゴ虫になっていた若い男を、愛らしい声で上から優しくそっと揺さぶる。慎重に、そっと。その動作はまぎれもなく優しさに満ちていた。


 すでに部屋の時計は10時半をさしていたが、男は一向に起きる気配がなく、いびきを立て夢の中であった。


 少女は仕方なく、いつもの方法を取ることにした。ベッドの上の布団の中に入り込んで、枕の横から顔を出す。すると、目の前にはいつも自分を可愛がってくれている優しい兄の顔があった。その兄の鼻をそっとつまむ。痛くないように、そっと。


「ん~? ああ、加奈子か。おはよう。今、何時だ?」


 少女は兄が起きたのを確認すると、布団から飛び出してカーテンを開け、少し遅い日曜の朝が来たことを兄に告げる。


「10時半だよ。ご飯できてるから顔を洗って食べてね。パパもママも出かけてるから、お兄ちゃん一人だからね」


「ああ。いつも悪いな……」


 兄は上半身を起こし、伸びをすると、枕の横に置いてあった財布に手を伸ばし、そこからわずかばかりの金額を、最愛の妹へ渡す。


「お前は相変わらずいい子だなあ。お兄ちゃん、幸せ者だよ。はい、今月のお小遣い。足りなかったら、いつでも言うんだぞ」


「え? こんなにいいの!?」


 妹の頭を優しくなで、パジャマ姿の兄は少し胸を張って、不精ヒゲの生えたアゴを引いた。


「ああ、お兄ちゃん、ちょっと出世したんだ。加奈子の為ならいくらでも頑張れるんだぞ?」


「ありがとう、お兄ちゃん!」


 印藤 澄夫(すみお)24歳は、パジャマ姿で寝癖のついた頭を揺らしながら、危うい足取りで階下へと消えた。


「ラッキー。8万GET! 何買おっかなー。アイテム課金はこの間4万くらい使ったし……もう一台PC買って8PCにするのもいいなあ~」


 印藤は、兄である澄夫の部屋で高笑いをして、転げまわった。日課である兄へのモーニングコールを終え、その報酬に大満足なのだ。先月まで上限が5万円だった小遣いも、今月からは一気に8万になった。お兄ちゃんさまさまである。


 9つ年上の兄はことごとく印藤に甘い。収入のほとんどを惜しみなく、印藤の小遣いに充てるほどである。こんなお兄ちゃんが欲しいものだ。


 自室に戻り、PCの電源を入れ、現在廃人プレイ中のMMO。カオスクロニクルに接続する。ログインの手続きを終え、キャラクター選択画面へ。キャラクター選択画面にはいかつい大男と、ダンディーなヒゲの紳士の二人がいた。


 大男を選択して、いざゲームの中へ。


「今日は彩華とペア狩りする予定だったっけ。彩華は……まだインしてねーじゃん。その辺でソロっとくかなあ……」


 ぼやきながら狩り場へ移動しようとした印藤に、突然電話が掛かってきて、少しキレそうになった。


『オレオレオレ!』


「うるせえ……髪の毛全部むしりとって、うちの担任のハゲ頭に移植されてーか? アァ??」


『……ごめんなさい』


「一回言えば、解るんだよ。んで、何か用か春川?」


『ああ! ちょい大変な事になった! るーちゃんが、るーちゃんが……さらわれたらしいんだ』


「はあ!?」


『昨日から家に帰ってないらしくてさ……今さっき、犯人から電話があったんだけど……19時に三合レジャーランドに来ないと、るーちゃんが危ないんだ……』


「るなるなが……」


『だから、インコちゃんも――』


「行くに決まってんだろ! るなるなは……俺の恩人なんだ。絶対、助け出して犯人に地獄見せてやるぜ」


『何でみんなこう、物騒なこと言うかなぁ……オレ、アヤちゃんにも声かけとくからさ、18時50分に三合レジャーランドに集合ってことで』


「ちょっと待て! 留子が消えた後にるなるなも消えたんだ……偶然じゃねえだろ、これは。二人は最近一緒に暮らしてたんだからな」


『……じゃあ。トメちゃんをさらった奴がるーちゃんも?』


「だろうな。何が目的かはわからねーけど、もしかしたら……『T』かもしれねーぞ?」


『……そういや、昨日オレさ。自店の搬入口で幼女とやりあったんだけど」


「はあ!? 自店の搬入口で幼女とやった? そうか、ついにお前も犯罪者の仲間入りか。わかった、110番しとくな。いつかこんな日が来ると思って、親父の知り合いの刑事に話はつけてあるから、すぐに警官がそっち行くから、逃げるなよ?」


 電話を切りそうになった印藤だが、二時間ドラマのオープニングで、第一の被害者になった女性のような悲鳴が聞こえてきて、思わず耳を塞いだ。


「るせーな! ぶっ殺すぞ!」


 怒鳴り散らした印藤は、二時間ドラマの犯人のように、電話の相手を脅した。


「どーした、加奈子? 朝からえらく元気だなぁ」


 部屋のドアの向こうから、未だ寝ぼけ気味の兄の声が聞こえて来て、印藤は背筋を伸ばし、『最愛の妹』へと変貌する。


「ごめんね、おにーちゃん! 電話でお友達の飼ってる犬がうるさかったの。加奈子がそんな大声出すわけないじゃない~」


「何だ、そうか。お兄ちゃんちょっと出かけるから、後ヨロシクな」


「はあい~」


 兄の気配が去っていったのを確認して5秒後。


「おい、もうちょっとでお兄ちゃんに俺の素がばれるとこだったろうが」


『命ばかりはどうかお助けを……』


「はん! まいいだろ、それで?」


『ああ、そう! ヴァンパイアだったんだよ! その幼女』


「ああ……幼女ババアな。んで、無事ってことはちゃんとトドメ差したんだな。相手の戦力を少しでも減らしておくにこしたことはないよな。やるじゃん、春川」


『あー……うん。もう、バッチリ! そこはホラ。泣く子も黙るヴァンパイアハンターのオレだよ。定休日だろうと、相手が幼女だろうとオレのステークはうなるのさ……ぅん』


「なんか歯切れわりーな……まあいいや。19時か。わかった、俺もフル装備で向かう。もしかすると……相手はAランクかもしれねーし」


『田中 聖一郎……?』


「ああ。きっと、今日。決着がつくぜ。俺達と『T』に」


『だなあ。オレも気合入れるか! るーちゃんを絶対助けるぜ! そんじゃインコちゃん、また後でね!』


「ああ」


 通話を終えた印藤は、学習机の右端に置いてあった、ポケットウィスキーのボトルと、栄養ドリンクに目をやった。


「るなるな……。るなるなの為だったら俺も……覚悟決めるかな」


 二つの瓶を手に取り、印藤は席を立つと、部屋の外へと消えて行った。

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