ハンバーグはおいしい、丸山田 誠一郎
春川がぎこちなく固まる。誠一郎はその様子に首を傾げた。
「マ、マルちゃんこそ、こんな所でどうしたの? あ、もしかして放牧? この辺にうまい草はないから、あっちに行った方がいいんじゃないかなぁ、アハハ」
春川は焦りつつ、けっこう失礼な事を口走った。
「あっちの草はダメだね。栄養価もそれほど高くないし、何より旬じゃないんだ」
春川はまさか、マジレスされるとは思っていなかったので、驚きのあまり背後の噴水に背中からダイブしてしまった。
「うわ! 濡れる! オレは水もしたたるいいオトコだけど、これはきつい! マルちゃん助けて!」
「待っていろ、春川くん」
手を差し伸べた誠一郎だったが、ふと気になって、春川に問いかけた。
「春川くん、保志という男に心当たりはないか? どうやら、そいつが瑠奈をさらっていったらしんだ。まだ家に身代金の要求は着ていないけど、きっとじきに電話がかかってくるはずだ。10時に瑠奈とここで会う約束をしていたのに、姿を見せないのがそのいい証拠だよ」
「あの……もし、その、マルちゃんの娘さんの彼氏がここに来ていたら……どうするつもりだったの?」
春川は後悔した。世の中には知らなければいい事のほうが多いという事を、この日初めて思い知った。
「決まってるじゃないか。噴水に沈めてやるんだよ、生きては帰さない……フフ。ミンチにして、精肉コーナーに並べて、半額シールを貼って、さらにその上に2割引シールを貼ってやるんだ! どうだ、90%オフだよ! 酷い仕打ちだろう?」
『70%だよ』と訂正を入れたいところだが、春川は涙を飲んで立ち上がり、噴水の外に出た。それにしても……いつの間にか、誘拐犯にまでグレードアップしている。このまま放っておくと、国際的なテロリストくらいにまで出世してしまうかもしれない。早急に何か手立てを考えなくては……。そう考えた時だった。
有名な時代劇、甘えん坊将軍のテーマソングがけたたましく鳴り響いて、誠一郎は携帯をポケットから取り出し、電話に出た。
「もしもし? どちらさま?」
『……』
相手は無言のようだ。
「ちょっと? イタズラなら切るよ?」
『お前の娘は預かっている』
男の声とも、女の声ともつかない、くぐもった声。変声機か何かを使用しているのだろうか。
「何!? じゃあ、お前が保志とかいう男か! 姿を見せろ! ミンチにしてやる! ついでにハンバーグにして、デミグラスソースで煮込んで、チーズもトッピングして――」
誠一郎はさらに続ける。
「フライドポテトも添えて、上に目玉焼きをニ個乗っけて――」
「それ、マルちゃんが食いたいだけじゃねえのかよ……」
『そろそろ話を先に進めていいか?』
電話の向こうの相手は明らかにうろたえていた。そりゃそうだろう、これだけ熱くハンバーグを語られたら、すぐにビックリトンキーに駆け込みたくなるものだ。
「貴様! ハンバーグをバカにしたな! そもそもハンバーグの起源はドイツで労働者に食されていた――」
『今夜19時ちょうどに、三合レジャーランドに来い。お仲間ももちろん歓迎だ。こなければ娘の命はないと思え』
「なに!? 瑠奈を返せ!」
しかし、通話口からはツーツーという無情な音だけが流れ出て、誠一郎はやり場のない怒りを地面に向けた。
噴水の周りの舗装されたアスファルトがヒビ割れ、ラジオ体操をしていたお隣の宮村さんが、屈伸したまま、前のおばあさんのお尻に突っ込んでしまい、襟首をつかまれた挙句、往復ビンタの火花が数発散ったのだが、誠一郎はそれに気付かない。
「クソ! 保志め、あの男……瑠奈をどうするつもりだ。さんざん弄んだ挙句、今度は金をむしりとろうと言うのか、悪魔め……」
「るーちゃん……じゃなかった。マルちゃんの娘さん、ほんとに誘拐……されたのか?」
「ああ、僕の睨んだとおりだったよ。あの男は人間じゃない。春川くん! 協力してくれるよね!? 一緒に瑠奈を救い出してくれ! そして保志という男に地獄を見せてやろう!」
春川は考えた。これはある意味、チャンスではないか。この事態を逆に利用して、瑠奈を助け出せば、瑠奈と付き合っていることがバレても誠一郎から、悪魔だの、地獄を見せてやるだの言われないかもしれない。いや、むしろ嫁にもらってくれと、ブーブー鳴きながら懇願するかもしれない。
「マルちゃん。オレたちゃ仲間だぜ? 仲間のピンチを見過ごせるほど、オレは落ちぶれちゃいねーよ」
「ありがとう! けど、君。たしか今日は彼女とデートなんだろう? そっちはいいのかい? なんなら僕が代わりに事情を説明してあげるよ」
「ああ! ああ! そっちはいいの! なんか、連れ去られたっていうか、誘拐されったていうか! ……あ”」
「何だって! それは大変だ! それで、その彼女はどこに監禁されているんだ!?」
「えっと……三合レジャーランド……っぽい」
「決まりだ。春川くん。瑠奈と君の彼女。るーちゃんをなんとしても助け出そう。もしかすると、師匠もそこにいるかもしれない」
「あ、ああ。そうだね」
春川はあまりにも軽すぎる自分の口に後悔した。時刻は10時16分。約束の時間まで残り8時間と44分。誠一郎達にとってこの一週間最大にして、最後の戦いがすぐそこまで迫っていた。