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ブチョーの背中と激甘カレー、丸山田 誠一郎

 少女に春川が迫った。腰を落とし、トライデントを構え猛進する春川は、太古の昔存在したという恐竜。トリケラトプスの様に勇猛であった。


 いや、少女にとってはそのプレッシャーは最強の肉食恐竜、ティラノサウルス以上であると言える。先日相対した印藤の猛打にすら耐えた体が、一撃で修復不可能なレベルのダメージを受けてしまっているのだ。もう一度あれをくらうとタダではすまない。少女……エリーは実感した。


 エリーは手じかにあった軽自動車を左手でつかみ、それを盾にする。しかし、あっさりと軽自動車をトリケラトプスの角が貫通し、車に三つの穴が空いた。


「ムダな抵抗だな」


 車体に空いた三つの穴……トライデントが引き抜かれたその一つから、覗き見る春川の目とエリーは目が合った。軽自動車を放り捨て、一歩下がる。


 再度、地面に衝撃を伝え、相手を転倒させようと試みるが、春川は地面に落ちていた掌大の石を蹴り上げ、それをエリーの左手にジャストミートさせる。


 舌打ち。エリーは予想外の出来事に困惑する。今まで何人か血祭りに上げたどのヴァンパイアハンターも、こんな貫通力のある武器を有してはいなかった。遠距離から攻撃できればいいのだが、買い物ラッシュが終わって閑散としたスーパーには、もう投げつける車もない。


 気が付くと、トライデントの先端がエリーの目の前にあり、春川が冷ややかな瞳で見ていた。そう、まるで獲物を食らう前の肉食獣の様に……。


 エリーは覚悟する。『こんな醜態をさらして、お父様にお会いできるわけが無い。それならばいっそアーノルドの所へ逝こう、と』。必死に目を閉じ、ただひたすらその時を待った。


 しかし、いつまで経ってもその時が訪れる事はない。


「ヴァンパイアハンター……どういうつもり?」


 目の前にいた肉食獣は、いつの間にかその角を引っ込めケイタイをいじっていた。


「オレは地球と女の子に優しいんだよ。それに今日は定休日なの。さっさと消えろよ。営業日に会ったら、ちゃんとトドメは刺すぜ?」


 視線はあくまでケイタイに注がれており、エリーと目を合わせようとしない。


「お前……今ここで私を逃がした事、必ず後悔するわよ?」


「しねーよ」


「何ですって?」


 ケイタイから目を離し、エリーの目を見た春川はトライデントを鼻先に突き出し、冷たく言い放つ。


「いつでも叩き潰せるからだ」


 エリーは絶句する。怒りと屈辱で泣きたい気持ちになり、その小さな体を震わせて、スーパーの駐車場の入り口に立っていた警備員のおっちゃんを突き飛ばし逃走する。


「はあ……よかった、なんとかなって……」


 春川はエリーの後姿を見送った後、トライデントと一緒に、潰れたすいかのダンボールを枕にして、その場に寝転がった。


「てか、3発目は俺がもたねーんだよ。あそこで逃げてくれなかったらやばかったのは、オレの方なんだよな……」


 春川の右手は未だ震えていた。トライデントを使った後遺症……とでもいうのか、爆発的な貫通力は爆破的な衝撃を体に伝える。その衝撃をすべて右手で受け止めているので、右手にかかる負担も相当なモノだ。


 しかし、安堵したのも束の間。乾いた靴の音がこちらに向かってくるのを聞くと、春川は頭の中で舌打ちした。


「ち、あいかわらず行動原理がいちごちゃんにくりそつだな! いちごちゃんは帰ったと見せかけて、教室の影から、引っこ抜いた焼却炉でオレを闇討ちする子なんだぜ!」

 

「僕は焼却炉なんか引っこ抜いた記憶はありませんよ」


 しかし、それは男の声で、いちごちゃんの可愛らしいデスボイスではなかった。


「って、ブチョーじゃねえの! 今までどこ行ってたんだよ! あ!? さてはまさか、今日発売の『放課後うはうはパニック2 初回限定スク水ver』を徹夜して並んで買ったんだろ!? そうか、それで朝早くから消えていたのかぁ、いいなあ」


「ええ、まあ。そんなところです」


 渡辺は懐から取り出したDVDをちらつかせ、春川に見せ付けた。


「そうだ。トメちゃん知らない? なんか朝から姿見えなくってさ。昨日、あれだけ大怪我してたのに一体どこへ消えたんだろう」


「さあ……僕には解りかねるね。そうそう、春川くん。君は知らないか?」


「何を?」


「丸山田くんのお嬢さん、瑠奈さんが今どこにいるのかを」


「やー。それがるーちゃん、昼真っからいくら電話しても出ねーんだわ。明日の打ち合わせとか、しときたかったのになあ。あれ、でもブチョー、るーちゃんに何か御用?」


「いえ。田中氏が消えた理由を彼女なら何か知っているのでは……ふと、そう思ったのでね」


 上半身を起こした春川が右の拳を左の掌にポンと乗せて、驚いた表情で声を上げる。


「あ、そうだよ! るーちゃんだ! トメちゃんとるーちゃんは仲イイみたいだから、何か知ってるよなー。るーちゃん、早く電話に出てくれよー。クソ、また留守録だ。まったく、トメちゃんってばどこ行ったんだよ!」


「田中氏にも困ったモノですね、勝手にいなくなってしまうとは、上に立つものとして無責任にも程がある」


 渡辺は白々しく肩を空かせてあきれて見せた。


「だよな! せっかく専用杭打ち機(バスターステーク)を使いこなせるようになったっていうのに! ご褒美にあのへんやそのへん触らせてもらおうかなー、って期待してたのによお」


 渡辺は少々驚きを含みつつ、冷静に聞き返す。


「君が……トライデントを?」


「おお! さっきも金髪幼女ヴァンパイアをぶっ飛ばしたとこなんだ。逃げちゃったけど」


「そう……ですか。それは残念ですね。フフ……残念だ。春川くん。僕は瑠奈さんの居場所を探してみるよ。君も何か解ったら僕のケイタイに連絡をくれないか? 僕も田中さんの事が心配でね。おちおち『放課後うはうはパニック2』を鑑賞する気分にもなれない」


「ああ! いいぜ! トメちゃんは人類の宝だからな! その代わり……後で貸してくれよ? いいだろブチョー」


「構いませんよ……家には観賞用と、保存用と、スペアの3つがありますからね。田中さんが無事に見つかったら貸してあげましょう。そう、無事に見つかったらね(・・・・・・・・・・)


「マジか! 愛してるぜブチョー! あ、でもカレーの福神漬けと同ランク程度の愛だから、あんまりその気にならないでね!」


「それは光栄ですね、では僕はこれで……」


 悠然と去って行った渡辺の背中を見つめると、春川のお腹がオーケストラの様に盛大に鳴った。


「あ、やべ。ブチョーの背中見たら、カレー食いたくなった」


 カレーは春川の大好物である。特に、『カレーの皇太子様激甘口』の上に、福神漬けをたっぷりトッピングしたものに目が無い。


 フジタニの自動ドアをくぐり、惣菜コーナーに向かいつつ、瑠奈にメールを送るがやはり返信はない。惣菜売り場でカレーをゲットし、漬物コーナーで福神漬けを5パック買い物かごに突っ込んでレジの女の子と5分くらい他愛のない話で盛り上がる。背後の中年男性が、何度も春川の背中を睨んでいたが春川は気が付かない。レジの女の子との会話もまったく頭に残っていない。


 春川の頭の中にあったのは、福神漬けと、『放課後うはうはパニック2』と瑠奈の事だけだった。しかし、結局。その日瑠奈からの返信は一切なく、初デート初日を迎えることになるのであった。

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