車は空を飛ぶ物ではありません、丸山田 誠一郎
春川は一人、スーパーフジタニ三合店の搬入口で夜空を見上げていた。印藤はゲームをしに家に帰り、誠一郎も家で食事をするので、一人ヴァンパイアハンター事務所の演習場で、ステークの突きをひたすら繰り返した。
支部の武器庫の一番奥で、ほこりをかぶっている大きな物体……専用杭打ち機。留子がいない今、あれを手にする必要があるかもしれない。留子が一度使ったきりで、他の誰もその姿を拝んだことが無いという専用杭打ち機。
この前の個人授業でその姿を見たときには心が震えた。今まで出会ったどんなにカワイイ女の子よりも。
一目惚れ……そう言ってもいい。るーちゃんと比べたら、100%るーちゃんだけどね。と春川は心の中で訂正しておく。
『私に何かあったらコレを使え。きっとその時、お前はこいつを使いこなせる』
留子の言葉を思い出す。まさか……本当にそんな時が来ているのかもしれない。いや、留子自信、この事態を予測しての個人授業だったのかもしれない。
「トメちゃん、あれでけっこう短気だからなあ……考えすぎか」
ひとしきりトレーニングを終えて、自販機で買った缶コーヒーに口をつけていた春川だったが、駐車場の方から歩いてくる小さな人影を見つけて、そちらに目を凝らした。
「トメちゃん? じゃねーか。にしても、マニアックだなあ、何のプレイだありゃ?」
駐車場を一人の少女が歩いている。金色の長い髪は乱れており、顔の左半分は包帯で覆われていて、血で汚れたワンピースを着ている様はまるで亡霊のようだった。
ゆっくりと、しかし確実に。駐車場の向こうから春川の位置まで、まっすぐに向かってきていた。7時の半額セールが終わり、一時間ほどたって客もほとんどいない今、女の子が一人で買い物……そう考えるには、その出で立ちからは想像がつかない。
車がほとんど停まっていない駐車場で、右足を引きずるように、ゆっくりと。はっきり言って不気味である。
「オレのファンにあんな過激なコスの子いたっけか? うーん。いたような、いないような? ああ、そうか! いちごちゃんだ! いちごちゃんもああいうゴスロリっぽいの着てたっけ! でもいちごちゃん。ダンプカーに足が生えた感じの子だからなあ……人違い?」
首を傾げ、その少女をしばらく眺めていると目が合った。赤く光った右目と。その赤い目で春川は彼女の正体を一瞬で悟った。
「いちごちゃんじゃない……。やっぱオレの隠れファンか、参るぜ。今日はヴァンパイアハンターは定休日。休日出勤はガラじゃねーんだけどなあ」
春川は缶コーヒーを一気に飲み干し、律儀にゴミ箱まで歩いていき、ちゃんと缶を潰して分別してから横に立てかけておいたステークを手に取ると、少女の前に出た。地球に優しい男なのである。
「よ! なかなか刺激的だね、お嬢ちゃん。その包帯が、青い髪で赤い瞳の無表情美少女を連想させて、オレ的には95点あげちゃうぜ? 頭の上にヘッドセットも付けりゃ100点、『あなたは死なないわ~』ってモノマネしてくれたら、シンクロ率500%いっちゃうかもよ?」
少女は立ち止まる。そしてその赤い瞳を春川に向けた。
「あなたは死ぬわ。私が殺すもの。ミンチにして、精肉コーナーで半額シールに2割引シールもつけてやるわ!」
「あん? キャラが違うぜ? 何のアニメキャラだよ、ソレ。てか、オレ……70%オフかよ!」
少女の両手がその形を変えたことで、春川の頭に緊急警報が鳴り響いた。
「アーノルド……お前か、私からアーノルドを奪ったのはぁ!」
右手が迫る。その軌道を見切ると右に回避し、横っ腹にステークを突き立てた。爆砕。確かな手応えが春川の両手に伝わる。
「オレは地球と女の子には優しい主義だが、ヴァンパイアには厳しいんだ。ロリも守備範囲だけど、仕事なら関係ねえ。やるっていうんなら、天国見せてやるぜ?」
「ウルサイ」
右手はステークの威力を持ってしても、大したダメージを受けておらず、依然健在であった。その様子に春川は舌打ちすると、迫ってきていた左手をしゃがんでかわす。
「女の子の扱いに関しちゃ、この三合でオレの右にも左にも出る奴はいねーんだ」
今度は右手ではなく、本体の少女の腹目掛けて渾身の突きを繰り出す。爆音と共に少女は爆ぜる。駐車場に停まっていた車の助手席の窓に頭から突っ込んで、静かになった。
「あー……けど、規格外は勝手が違うか……。休日出勤に特別手当。あとでアヤちゃんに申請しとかねーとな」
車の天井を右手でぶち抜き、爆煙の中を歩いてきた人影に向かって、春川は呟いた。
「どうして、ドウシテ、ドウシテ……アーノルドが帰ってこない」
左手が先ほど天井をぶち抜いた車をおもちゃのように軽々と持ち上げ、それが春川に向かって飛んできた。
「うそ!?」
春川は飛んできた車を、華麗に前転を決めてなんとか回避する。
「てめー! やっぱり、いちごちゃんだろ! いちごちゃんはトラックに跳ねられても、逆にトラックぶっ壊しちまう怪力の持ち主なんだぞ!」
ちなみに、いちごちゃんとは、虐殺ストロベリーのリングネームを持つ春川の元カノCである。さらに付け加えると、高校二年生で春川の後輩、瑠奈の先輩でもある。
「ドウシテ」
少女の右手がコンクリートで舗装された地面を割る。春川は『いちごちゃんより激しい』と呟きつつ、空中に逃げた。
しかし、そこを少女の左手がつかんだ車が直撃する。
「うそ!? 車って空飛ぶの!」
春川は避けきれず、空中で車に轢かれるというレアな体験をする。搬入口に摘まれていたすいかのダンボールの上に頭から落下するが、なんとか無事ではあった。
しかし。
「やべ……ステーク……」
春川のステークは先ほど少女が割ったコンクリートの隙間にめり込んでしまい、取り出せそうに無い。がんばってコンクリートに手を伸ばすが、春川の頭上にまた車が飛んできて作業を中断する。
「やべぇ。あの車ちゃんと自動車保険おりんのかな? また協会が弁償とかにならなきゃいーけど」
春川は自分の心配よりも、飛んできた車や、空中を走った車の持ち主が買い物を終えて出てきたときの事を想像して、気の毒に思った。
「って、オレも車の事心配してる場合じゃねーや。武器はないし、あの子、いちごちゃんより激しいし……しゃーねえ。あれ、使うか」
春川は店長室に行くと、そこからヴァンパイアハンター事務所の武器庫へダッシュして、目当ての物を手に入れる。
ほこりかぶっていた布を取ると、『彼女』がそこにいた。
「行くぜ、おてんばちゃん。しっかりオレのいう事聞いてよ~。出ないとオレ、今度ばかりはやばいかも」
春川は専用杭打ち機をかつぐと、勢いよく表へ飛び出した。
「おっし、実戦で使うのも、実際使うのも初めてだけど……トバシてみるか」
再び少女の赤い瞳と眼が合う。続いて、少女の左手が春川の体をつかもうと迫ってきた。
――ここだ。春川は専用杭打ち機を左手に突きつける。しかし。その衝撃に耐えられず、春川が逆に吹き飛ばされてしまった。
「初体験は痛えな。けど、今のでコツはつかんだぜ。オレのテクで逝せてやるぜ、いちごちゃんもどき!」
再び迫る少女の右手。春川は走り出す。自分の体ごとぶつけるように、全ての力をただ一点に収束し――繰り出す。
少女ははじけ飛ぶ、右手に大きな穴を三つ開けて。
専用杭打ち機……別名、トライデント。通常のステークと大きく違う点は、ただ一つ。杭が3つ備え付けられ、1メートルの金属棒の先端から先は、トライアングルのようにそれぞれ3本の杭が生え出ている。その威力は通常の3倍以上。扱い難さはそれ以上。
「オレのモットーは地球と女の子に優しく! ヤローとヴァンパイアに厳しく! 今日は3倍増しで厳しく行くぜ」