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お花畑のアルゼンチンバックブリーカー、丸山田 誠一郎

 明け方ごろになって、ようやく春川と印藤は異変に気付いた。留子の手術は無事成功し、病室に移されたのを確認すると、三人は疲れのためか、安堵したのと同時急激に睡魔が襲ってきた。


「オレ、あっちで少し寝るけど……」


 春川はとりあえず、交代で誰か起きて留子の様子を見ようと提案した。皆それに同意し、まずは春川が休む事になったのだ。


「インコちゃん。襲わないでよ」


「襲うかボケ。さっさと寝ろ。寝れねーんだったら、パイプイスの角で殴ってやろうか? 気持ちいいぞ、俺が」


「いいデス、間に合ってます……」


 春川は萎縮してベンチの上で横になり、すぐさまグーカーグーカーいびきを立てて深い眠りに落ちる。


 印藤はパイプイスを頭上に掲げたままの姿勢で誠一郎に向き直ったので、誠一郎は思わず息を飲んだ。殴られないように横を向いていたら、いつの間にか寝てしまったらしい。


 結局、交代でという話だったが、情けないことに全員でイビキのハーモーニーを奏で深い眠りに落ちてしまったのだった。


 5時過ぎに目を覚ますと、留子の様子を一目見ようと病室に首を突っ込んだ春川だったが、思わず声を上げてしまい印藤の眠りを妨げた。


 怒りに燃える印藤に数発の蹴りをもらってから、春川は事情を説明するものの、また一つ事件が起こっていることに気付いて三人は首を傾げる。


「トメちゃんが……いない」


「ブチョーもいねーぞ、どうなってんだこりゃ」


「ご飯じゃないの?」


「包帯グルグル巻きの両手でメシ食いにいけるかよ、バカ」


「僕なら行けるんだけどなあ」


 どうやって食事をするのだろう。印藤は誠一郎がカメレオンだか、トカゲのようにしゅるっと舌を伸ばして、獲物を捕食する様を想像してみた。……あり得そうで怖い。


 留子の姿が病室から忽然と消えており、ベッドはもぬけの空であった。春川がそっとシーツに手を載せて、温度を確かめるとまだ留子のぬくもりがあった。そのぬくもりに顔をうずめたくなった春川であったが、そこはぐっとこらえ、印藤にまだ遠くに行っていない事を告げる。


「あんな状態でいなくなるのはおかしいだろ。探すぞ。俺と春川はこの近くと商店街のほうを回るから、デブは家に帰ってないか確認してくれ」


 印藤の指令で誠一郎は家に帰り、二人は病院の外を探し回った。本来ならこんな時、年長者である渡辺を頼るのだがその渡辺もいない。誠一郎はおろおろするだけで、イライラ解消のサンドバッグ以外役に立ちそうに無い。まさか、渡辺の身にも何か危険が迫っているのか?


 印藤は考えを巡らせてみたが、小泉家を潰した今、敵といえるのは『T』であるが、その『T』も昨日の戦いで吉村はけっこうなダメージを負っていたし、エリーもあれだけ痛めつけられてすぐに行動に出るとは思えなかった。では、誰が?


「インコちゃん。なーに難しい顔してんの。朝一で一般人がその顔見たら失神するよ? ほら、スマイルスマイル。インコちゃんは笑顔がカワイイ――」


 印藤が振り返って、少し、にたあと笑って見せると春川は笑顔のまま気を失った。非常にカワイイスマイルであったのだろう。


「てめえ、どんだけ失礼なんだよ! 乙女の顔見て失神してんじゃねーぞ!」


 春川の鳩尾に体重を乗せた肘を入れ、印藤は優しく起こす。


「ぶ! 死ぬ! お花畑見えた! でも、天国のおばあちゃんがアルゼンチンバックブリーカー(プロレス技)で追い返してくれて助かったぜ!」


「お前のばーちゃん、えらいマニアックだな」


 印藤は以前春川の家に遊びに行った時に見た、春川 幸江(享年82歳)が着物姿でお花畑を背に、アルゼンチンバックブリーカーをかます姿を想像する。……色々とあり得ない。


「……なあ、田中 聖一郎って……誰だろな」


「トメちゃん……自分の事はあまり話してくれないもんなぁ。アヤちゃんなら知ってるかもだけど、オレ達にずっと黙ってた辺り、簡単にしゃべってくれそうにないんじゃねーの?」


 小泉 浩之が口にした田中姓の人物。とても留子と他人とは思えない。30年前に起ったと言う、旧日本支部の壊滅騒動。その時にヴァンパイアハンターになったという藤内。だが、藤内はその時の事を頑なに喋ろうとしない。


 以前聞いたときも、のらりくらりとうまくかわされてしまった。30年前に襲来したAランクヴァンパイア……それが田中 聖一郎なのではないかと印藤は疑い始めている。


「おっと、懐かしいなあ。ここ!」


 急に前を歩いていた春川が立ち止まったので、春川の背中に顔を突っ伏してしまい、印藤は春川の背中越しに久しぶりの春川の匂いと細身ではあるが筋肉質な体を感じた。


 いつの間にか、商店街の方までたどり着いていたらしい。早朝の商店街に人気はまったく無く、春川と印藤の為だけに作られた、二人だけの空間(インスタントダンジョン)のように感じた。


 あれからずいぶん時間が経ったものだ。印藤は中学時代を振り返った。


 瑠奈と親友になって……春川と出会って……変わった。出会いはこの商店街のゲームセンター。瑠奈とプリクラを取るために来たのだが、はぐれてしまい、一人さまよっている所を偶然声を掛けられた。


 春川はとても気さくな少年で、瑠奈を待っている間の時間つぶしに格ゲーの対戦で時間を潰す事になった。その時、花を持たせてくれたのかどうかは知らないが、印藤は圧勝してしまった。


 ゲームセンターは出会いのきっかけの場で、春川と多くの時間を潰したのが格ゲーである。そのゲームセンターは閉店されていて、中に入る事はできない。春川はそれを急に立ち止まってぼんやりと眺めていた。


 春川から顔を離し、同じようにして店の中を(のぞ)き見てみたが、カーテンがかけられていて中がどのような状態になっているかは解らなかった。


「あん時はインコちゃんがこんなバケる……おっとと! もちろん、いい意味でだぜ? 決してその、そっちの方向とかじゃないよ? そっちの方向とかじゃないよ? オレの命に関わる大事なことだから二回言っとくね!?」


「あ? どっちの方向だ言ってみろこの野郎」


 二回言った事が印藤の怒りを二倍にさせたらしい。とりあえず春川のHPゲージを赤く点滅させる所まで殴りつけ、ひとしきり満足するとスーパーフジタニ三合店、もといヴァンパイアハンター事務所に行くことにした。


「ありゃ? さっき誰かそこにいた気がするんだけどなあ」


 春川は商店街の入り口辺りを見回して呟いた。


「気のせいだろ? おら、さっさと行くぞウスノロ」

 

 早朝の商店街を二人が去った後、雨がぽつぽつと降り出し、そこに誰かが流した涙があった事に皆気付くことはなかった。

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