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チカンは蹴り殺せ、丸山田 誠一郎

 瑠奈は重箱の左端右端から、わずか数CMの所に左右それぞれの手を叩きつけて誠一郎に詰め寄った。


「えっと。ああ、そうそう! 昨日、お父さんが迎えに来たんだ! そのままご飯に行って、お父さんとホテルに泊まったみたいなんだよ。今日も帰らないかもしれないね……」


「そう、なんだ……お父さんが来てたんだ。家族の時間って、大切だよね……それじゃ、仕方ないか」


 瑠奈は席に着きなおし、遠い目をしてなにやら考えていたが、すぐに立ち上がり、ジョギングに出発した。


 玄関を勢いよく飛び出して、家の周りを走る。そして、公園で母美雪直伝の護身術の鍛錬。朝の空気を瑞々しい瑠奈の脚線美が切り裂く。チカンハンターと恐れられたカミソリの様な切れ味の蹴りは、見る者を魅了した。母曰く、『チカンは蹴り殺せ』らしい。


「おはよう、瑠奈ちゃん。今日もいい足してるねえ」


 近所のおじさんが瑠奈の回し蹴りを見てそう言った。お隣の宮村さん家のお父さんだ。息子であり、瑠奈の幼馴染の男の子は一人全寮制の学校に通っているらしく、最近寂しさが募って、頭も寂しくなってきたようだ。息子への愛と髪の毛の量が反比例する体質らしい。


「おはようございまーす!」


 快活に挨拶を返す。隣のおじさんには優しいのに、実の父親には何故ああまで冷たいのか。


 ジャングルジムを背に、瑠奈は蹴りを繰り出す。母から受け継いだのは、美貌と格闘センス。父から受け継いだのは、恥ずかしいことに食欲であった。


 その為、家を出て10分もしないうちにお腹がかわいらしい音を立てて瑠奈は頬を赤らめる。


「あ~お腹空いたあ。やっぱ食パン三斤じゃ足りないよね」 

 

 明日は待ち待った決戦の日だ。備えは万全にしておきたい。なので、ムダなカロリーを摂取しないよう心がけたのが裏目に出た。


 近くのコンビニに立ち寄り、おにぎりやらサンドイッチを買う。店員が5人分のおしぼりを袋に入れてくれたが、きっとこれはサービスなんだろうと思って気にしない。家に持って帰ればママも喜ぶ。そして、大量の食料を三合公園で瞬く間に平らげる。


 おなかいっぱい。しあわせいっぱい。ここに春川がいればなおいいのに、と瑠奈は思う。しばらく体を休めていた瑠奈だったが、ジョギングを再開し、商店街の方に走り出すと、唐突にケイタイが鳴った。


「あ、かなぴょんからメールだ」


 かなぴょんこと、印藤 加奈子は瑠奈にとって無二の親友であった。瑠奈はその母親譲りの勝気な性格と、思い込みの激しい所。そして正義感が一部の同性からは煙たがられていて、友達がいなかった。


 中学二年の頃、瑠奈はいじめられていたクラスメイトを助けた。その生徒を助けた途端、瑠奈の持ち物が事あるごとに消えた。靴箱の中にゴミが入っていたのも、クラスメイトが瑠奈を無視したのもすべてその生徒……印藤 加奈子を助けた直後の事だ。


 親にも誰にも相談できず、瑠奈は毎日を生きた。そんなある日、瑠奈は学校の屋上を目指した……飛び降りる為に。


 14歳の少女のガラスの様な心は、簡単にヒビ割れ、無邪気ゆえに残酷な同い年の少年少女らには罪悪感が無い。担任も見て見ぬフリをして、早く4月が来て上の学年に上がって欲しいと心の中で願っていた。


 誰も信じられなくなった。頼るべき親も、父は仕事でほぼ家におらず、顔を合わせればすぐに成績の話になって腹が立つ。母は家計を助けるために休み無くパートに出ている為、心配をかけたくない。頼りたいけど頼れない。負のスパイラル。


 だから。だから同じ様に屋上のフェンスに手をかけていた印藤 加奈子を見た時。印藤が『あの時、助けてくれてありがとう』と言ってくれた時。二人は親友になったのだ。互いに裏切らない事をその場で誓って。


 それまで互いに話したこともなかったし、印藤はメガネをかけ、地味が服を着て歩いているような子で、快活な瑠奈とキャラクターのカテゴリーが違っていた。しかし、瑠奈にとってはたった一人の親友だ。喜びも怒りも秘密も共有し合い、瑠奈も印藤も少しずつ変わった。


 その変化のせいか、クラスメイト達も飽きたのか、気が付けばいじめはなくなっており、元の平和な日常が帰ってきた。


 ちなみに瑠奈は知らない。印藤が春川と付き合っていた事も、ヴァンパイアハンターとしてご町内の平和を守っていた事も。


 だから。早朝の商店街の真ん中で、春川と印藤が仲睦まじく横になって歩いているのを見た時。瑠奈は固まった。すると二人は唐突に立ち止まり、体を密着させた。遠くてよく見えなかったが、二つの影が一つに重なり合っているのだけは、瑠奈の目にははっきりと見えた。


「かなぴょん……」 


 瑠奈はすぐにその場を去った。それまで立っていた場所には晴天であるにもかかわらず、数的の雫が地面を濡らしていたのだった。

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