決戦は日曜日、丸山田 誠一郎
「まったく、あなたはつくづく面白い人ですね、丸山田さん」
吉村は壁から顔を生やした誠一郎を見て、笑いながら言った。
「吉村さん……! い、一体、あなたは美雪とどういう関係なんですか!? なんでここに、美雪が……!」
「男と女の関係、ですよ」
笑顔を消した吉村が真剣に答えた。
誠一郎は青ざめて、ぶるぶると震える。それは怒りなのか、興奮からきたものなのか、あるいは美雪が去ってしまう恐怖からなのか。
「冗談です」
真剣な顔がまたほころび、爽やかな笑顔を浮かべた吉村がそう訂正する。
「少し利用させてもらっただけですよ。何も知らない一般人を連れて歩けば、警戒もされにくいでしょうから。ただ、まさか重箱を持って料理を根こそぎ持って行ったのには驚かされましたけどね」
吉村は肩をすかせて笑った。
「『こんなにおいしいもの、私一人で食べるなんてもったいない。あの人がきっと食べたがるわ』と言ってね。とどめに笑顔で『あの人がおいしそうに食事する時の顔を見るのが毎日の楽しみなんです』なんて言われたら、男と女の関係になんてなれるわけないでしょう? 本当、あなたには負けますよ」
「美雪が……?」
「もっと奥さんを大切にする事ですね。あなたの転職が決まって深夜のコンビニのバイトをやめたそうですし、愚痴を聞かされるこっちの身にもなって欲しいもんですよ、まったく」
「コンビニ? バイト?」
「純粋なのもけっこうですが、鈍いのがあなたのウィークポイントですね。まあ、とにかくあなたは愛されてますよ、私と違って家族にね」
「そう、だったのか……」
誠一郎の鈍感さが招いた誤解は、ここにきてようやく氷解する。以前から疑っていた夜遅い帰宅も、すべて家計の為。誠一郎の思い込みだったのだ。
「彼女には車で先に帰ってもらいました。照明が落ちた時にね。さすがにあれ以上は巻き込めませんでしたから、一応紳士ですからね、私」
「吉村さん……」
「それでは、私はこれで失礼します。また会いましょう、丸山田さん。おそらく次で最後になると思いますが、ね」
吉村は身を翻し、誠一郎の元を去っていく。その直後に背後から衝撃を受け、誠一郎は床をダンゴムシの様に転がった。
「いたいたー。おいデブ喜べ。お前の数少ない腕の見せ所だ」
印藤に蹴られた尻をさすり誠一郎は立ち上がる。
「留子がやばい。早いとこ車を出してくれ」
「師匠が?」
誠一郎は印藤に急かされ、駐車場に向かうと車を出し、留子と春川を乗せて渡辺が入院している医療施設へと車を走らせた。
印藤のナビの元、施設に到着すると留子は手術室に運ばれ、すぐに治療が始まり、一同は手術室の外で時が流れるのをただ待つしかなかった。
すでに日付は変わり、曜日は土曜日になっていた。『T』の来日は明日、日曜日。留子が倒れた今、誠一郎達に打つ手はあるのか、それもわからない。三人はただ沈黙を守り、留子の帰還を信じて待った。