火事場のバカ力、丸山田 誠一郎
春川が走った。走って走って、走る。一秒でも早くケリを付ける為に。ふいに、印藤と目が合う。目で頷き、春川は少しスピードを落とす。
印藤が小泉に迫った。両手の拳を祈るように組み合わせ、小泉のアゴを打ち上げる。
空中に打ち上がった小泉を追いかけるため、屋敷の屋根に飛び乗って、そこからさらに跳躍する。印藤は夜空を舞い、体を思い切りひねると、その遠心力を利用して右の拳で渾身の一撃を繰り出し、小泉の心臓を叩き潰す。
印藤の一撃を受けた小泉は、重力に引かれ、墜落する。そしてその墜落地点には春川がいた。
「ちょっと早い誕生日プレゼントだ春川、焼くなり煮るなり貫くなり、好きにしやがれ!」
「せめてリボンくらいつけてよね、まあ、似合わないだろうけどさ」
迫る誕生日プレゼント――小泉の顔面目掛け、春川は駈ける。
脳裏に二日前、留子との個人授業で習った杭打ち検定1級の動きをトレースする。踏み込み、貫く。簡単な動作かつ単調な作業である。
しかし、目標に命中させる角度や力加減には相当な技量が伴い、それは一朝一夕で獲得できるものではない。
検定1級所持者が使用できる、専用杭打ち機。杭打ち検定1級はそれを扱うための技術ともいえた。
もしそれを今自分が扱えていたら? きっと留子があんな姿にならずに済んだのではないか?
春川は後悔していた。昨日、丸山田家に行ってショックを受け、寝れなかった自分を落ち着かせるため、一昨日の記憶をなぞり、何度も何度も反復練習をした。夜が明けるまで。
それでも、まだ足りない。当然か、しかし。
実戦というのは練習の何倍も経験値を得ることが出来る、らしい。都合がいいようだが、今なら出来る気がした。いや、今だから出来るのか。
春川は踏み込み、貫く。一昨日の記憶の中の留子の動きと寸分狂わず同じ様に。それを受けた小泉は、煙を上げて爆ぜる。
そこを空中から帰還した印藤が間髪入れずに聖水を吹きかけた。
「じゃあな、小泉のジジイ。クソつまらねー思い出ありがとよ」
小泉はみるみる灰になっていく。足、腕体の先端からまるで溶けるようにして黒い粉となって崩れ落ちる。
「終わりましたね」
それを静かに見守った吉村が、背を向け立ち去ろうとするが、ふと立ち止まった。
「ああ、そういえば」
振り返ってニヤリと嫌らしく笑う。
「私を殺すなら、今のうちですよ? もっともあなた達にそんな暇はないでしょうがね。ホラホラ、早く大事な仲間を助けてあげないと」
それだけ言い残して吉村は闇へと消えて行った。
「トメちゃん!」
「留子!」
春川と印藤が駆け寄り、留子を抱き起こす。留子の意識は、ない。
「春川、心臓はちゃんと動いてる。ブチョーが入院してる施設に連れて行くぞ。応急処置頼むわ。オレはデブ捕まえて車、回してもらう。ゲームで車運転した事あるけど、実際にキノコとか赤い甲羅とかはでこねーもんな。デブに任せるわ」
「あ、ああ。わかった」
印藤が屋敷の方へ向かったのを見届けてから春川は一人呟いた。
「一晩付き添ってもらたいってのは、オレのほうだったのによ……。トメちゃん、ごめんな。オレ、一昨日習ったようにやってみたんだぜ。杭打ち検定1級の踏み込みと突き。あれでよかったのかなあ?」
春川の問い掛けに留子が答えることは無かった。