良薬苦し、丸山田 誠一郎
不合格……その3文字が誠一郎の頭を貫いた。
さっきまでのイノシシの様な猛々しさはすでに無く、叱られた子犬の様に意気消沈した。
「でもまあ面白いからいいか。正式なヴァンパイアハンターはダメだけど。見習いってことで使ってやるよ」
面白い……その3文字が誠一郎の頭の中をうずまいた。
正直、誠一郎は冗談の一つも言えないまったく面白みのない人間であった。飲み会で上司に『何か面白い事をやれ』と言われ、上半身を脱いだら、それを偶然目撃した居酒屋のアルバイトの女の子に、『キャア!』と叫ばれ、逃げ出された。結果的にそれが上司にウケたわけだが。
そんな自分が初めて面白いと言われ、不思議な気持ちになる。ともあれ、ヴァンパイアハンターになる事ができるのだ。ここは素直に喜ぼう……見習いだが。
「あ、あのう。給料はいくらくらい出るんですか?」
一番かんじんな事を聞かずに、なりたいなどよく言えたものだ。自分のマヌケさ加減に、少しあきれてしまう。
「出来高制だからねえ。そこのザコども全部でコレくらいは出る」
そう言って少女はピンと人差し指を立てた。
「え、100万円?」
「アホ、10万だ」
腕利きのヴァンパイアハンターになれば、いくらもらえるのだろう。
「んじゃあ、ヴァンパイアハンター協会に行きますか。詳しい話はそこでしてやるよ。おっと、その前に」
少女は急に真剣な面持ちになり、誠一郎を見つめた。
「ヴァンパイアハンターになれば、超人的な身体能力と、年を取らない体が手に入る。それはいずれ、お前を苦しめる事になるかもしれない……それでもいいんだな?」
ここで首を横に振ったところで、この少女に消されるのだ。ならば、すでに答えは出ている。
誠一郎は首を縦に振った。
少女はそれを確認すると、懐から錠剤を取り出し誠一郎に放り投げた。
「それを飲みな。体内に入ったヴァンパイアの唾液を中和してくれる薬だ。ただし、完全にヴァンパイア化が止まるわけじゃないけどな」
誠一郎は言われるまま錠剤を大きな口に放り投げた。口の中いっぱいに苦味が広がる。
「苦い……これ、糖衣タイプのヤツとかないの?」
ラッパのマークのあれより数倍苦いんじゃないか? 口直しにコンビニでスイーツでも買いたいところだった。
「良薬は口に苦いんだよ、ガマンしろ。おっさんなんだから。飲まなきゃヴァンパイアになって、私に始末されるだけだ。飲めばおめでとう。晴れてあんたもバケモノの仲間入りさ」
始末されるより、蹴られるならいいかなと、問題をすり替えて懸命に飲み込んだ。
苦味は口に残ったままだが体はなんともないようだ。
「さて、こいつらほっといたらまた復活しちまう。その前にちゃんと止め刺しておかないとな」
こいつら、とは先ほど倒した4人のヴァンパイアである。
少女は拳銃が入っていたカバンからペットボトルを取り出し、ヴァンパイア達の顔にしゅっとかけた。すると不思議なことにヴァンパイアはたちまち灰になり……消えた。
ペットボトルのラベルには『おいしいお茶』と表記されている。ヴァンパイアはお茶に弱いのだろうか?
「これでいいだろ。あー、ちなみに聖水はヴァンパイアを弱らせてからでないと効果ないからな」
ペットボトルの中身は聖水らしい。ヴァンパイアを退治するには肉体にある程度ダメージを与え、最後に聖水で止めを刺す。というのがセオリーのようだ。
「さーて、そんじゃ協会の事務所に行きますか。ちゃんと着いて来いよ、おっさん」
「あの……あなたの名前は?」
誠一郎の問いかけに少女は面倒くさそうに答えた。
「田中 留子だ」