ヴァンパイアVSヴァンパイア、丸山田 誠一郎
吉村の体は黒く染まり、研修初日に見せたあの姿に変身すると、小泉に襲い掛かった。あの禍々しい程長く伸びた爪が、小泉の喉下を目掛けて差し出される。
だが小泉は微動だにせず、口元の髭を歪ませ笑った。
「ムダな事を」
吉村の爪は根元から砕け散り、体ごとパエリアの盛り付けられた皿に突っ込むと、エビやムール貝が誠一郎の目の前を勢い良く飛んでいき、誠一郎はもったいない精神から、鮮やかに空中を舞い、イカのかたまりをお口でキャッチした。トップブリーダーもびっくりの芸当である。
「田中はこんな青臭いガキを刺客としてよこしたか……ワシもナメられたものよ」
突然始まったヴァンパイア同士の戦いに誠一郎と春川は顔を見合わせた。誠一郎の口からはみ出たイカげそは、緊張感のかけらも感じさせないが事態は深刻であった。
あの吉村が一瞬で打ちのめされたのだ。三日前にあれだけてこずった相手が、一瞬でパエリアまみれになっている。つまりは、春川と誠一郎が二人で挑んでも勝てるはずがないのだ。
「マルちゃん。逃げるぞ、ありゃバケモンだ。あのヨッシーがコテンパンのケチョンケチョンだ。脳ある鹿は妻を隠すっていうからな」
意味が違う上に、漢字もところどころ間違えているが、おそらく能ある鷹は爪を隠すといいたかったのだろう。妻という単語に誠一郎ははっと思い出す。
「吉村さんと一緒にいた美雪は、一体どこへ消えたんだ?」
誠一郎は吉村に近づこうとするが、吉村は起き上がり、再び小泉の元へ駆け出した。
「マルちゃん! んもう、何でそうマイペースなのよ! そこんとこは親子そっくりだぜ!」
春川は誠一郎を追おうと駆け出したが、ドレスの裾をつかまれ勢い良くずっこけてしまう。
「痛えーよ! 何様だこの野郎!」
「俺様だ、この野郎」
突然現れた破壊的な視線に春川は可愛らしい悲鳴を上げた。
「なんだ、インコちゃんかよ! 驚かすなよな」
『出たと思ったぜ』とあやうく口を滑らせかけたが、なんとか喉元に押し留めることに成功し、春川はホッと息をついた。
「留子と連絡がつかねー。しゃあないから一旦車に戻ったけど、そこにもいなかった。屋敷の様子がおかしかったから、お前らの服と武器を持ってきてやった。なんか起ってんのは解ったからな」
印藤は倒れた春川の目の前に、着替えとステークを放り投げると、小泉と吉村を見た。
吉村が素早い動きで迫るが、小泉の体に触れることができず、小泉の振るった掌が吉村を袈裟懸けに斬った。一目で解った。吉村は負ける。
「さーて、どうすっかなあ。横殴りはネトゲじゃルール違反だけど、漁夫の利を狙うにしても、あれじゃすぐカタが付きそうなカンジだし……」
印藤はポケットウィスキーのボトルを取り出し、舌なめずりをする。
「よっしゃ決めた、行くぜ春川。あいつをやっちまおう」