マルちゃんは北京ダックの味、丸山田 誠一郎
突然、パーティー会場を暗闇が襲った。まさかもう留子の狙撃が始まるのかと誠一郎は思ったが、すぐにそうではないことを理解する。
暗闇に咲いた二つでワンセットの紅い花。それはヴァンパイアの瞳だった。この会場のいたる所から輝いており、鈍感が服を着て歩いてるような誠一郎でもすぐに理解した。
「マルちゃん。こいつは罠だったみてえだな。オレ達を釣る為の」
次第に暗闇に慣れてきてそれは揺ぎ無い確信へと変わる。受付も、招待客も皆一様に紅い瞳を輝かせて誠一郎達を凝視していた。
「そうだ。み、美雪は!?」
吉村と美雪の姿を探すが、どこにもない。一体どこへ? そう考える間もなくヴァンパイアは目の前のご馳走に群がった。北京ダックよりも食べ応えのありそうなお肉と、食感の良さそうな皮にヴァンパイアたちは我先にと誠一郎に手を伸ばす。
「あひゃあああん! やめて、触らないで! 前も言ったけど今は旬の時期じゃないよ!?」
「何やってんだマルちゃん! 今日、新しい蹴り技覚えたんだろ!?」
「そうか、こいつらの事を、瑠奈をだまして嫁にいけない体にした、最低ゲス野郎の彼氏だと思えばいいんだ」
『オレはそこまでやってないよ』と春川は弁解したかったが、涙を呑んでこらえた。『しかし、本人を目の前にしてえらい言われようだ』とも春川は思ったが、以前彼も同じことをしているのに、すでに記憶にないらしい。
誠一郎は目を閉じ、精神を集中した。昼間の感覚を思い出す。左足を軸にして、体全体を回すイメージ……。
「今だ!」
誠一郎は、ふわりと舞った。円を描くように、家庭菜園で採れた不細工極まりない大根の様な誠一郎の太い足が、次々とヴァンパイアを打ち砕いてゆく。
「すげえ、マルちゃん、やるじゃねえか!」
しかし、その感動は同時に春川の胸をえぐるような恐怖に変わる。『オレ、あんなの食らったら死んじゃう』。
「大したものよな。我が配下の者どもを一撃で蹴散らすとは」
暗闇で声がした。その声をたどってみれば紫色の和服に身を包んだ男……小泉 浩之が壇上で腕を組み、春川達を見下ろしていた。
「出やがったな! へへ、てめーなんぞトメちゃんが一瞬でハートを狙い撃ちだぜ!」
春川はビシッと指を差すが、小泉が狙撃される気配は無い。
「ありゃ?」
小泉はそれを別に気にも止めなかったが、春川のドレス姿を見て驚きの声をあげた。
「む、お前は確か昨日公園で出会った小僧……なんと、女であったか」
「は、春川くん。ここは逃げよう。様子が変だ。うかつに行動しない方がいい!」
「春川? ではそちらのご婦人は……そうか、昨日公園でワシとやりあった……印藤 加奈子とかいう娘か」
春川は『インコちゃんがコレ聞いたら、かなりヘコむだろうなー。だってブルドッグの国のお姫様と=にされちゃったんだもん』と印藤がその場にいなくてホッと安堵した。
「その人は丸山田 誠一郎さんです。印藤 加奈子さんではありませんよ」
また暗闇で声がした。その声の主は黒いスーツに身を包んだ体格のいい男……吉村だった。吉村は誠一郎達の後ろから現れ、小泉の目の前までゆっくりと歩き、小泉を見上げる。
「小泉 浩之。『T』からの命令です」
「ほう? あの田中がワシに命令とな?」
吉村は満面の笑みを浮かべてこう言った。
「死ね」