囁き合う二人、丸山田 誠一郎
誠一郎はただ立ち尽くした。思考は完全に停止し、ピチピチの白いドレスに嫌な汗が流れて張り付いたが、そんな些細なことはどうでもよく、ただただ目の前の光景を目に焼き付けた。
そして、それは起った。美雪は吉村の黒いスーツに包まれた分厚い胸板に体を預け、二人は抱きしめ合った。
どれくらいの時間が流れたのだろうか。二人はやがてどちらからともなく体を離し、見つめ合い何やら囁きあっている。
「…………」
誠一郎は一歩後退り、そこから一目散に逃げ出した。途中、春川とすれ違い、声を掛けられる。
「おい、マルちゃん! 今、すげー揺れなかったか? っておい、どこ行くんだよ! 屋敷はそっちじゃねーぞ!」
誠一郎は春川の声を無視して、車の所まで戻ると、荒い息とぐちゃぐちゃになっていた思考を整理した。
「いやいや、まて。そうだ。あれは美雪のそっくりさんかもしれないじゃないか。瑠奈のそっくりさんのるーちゃんなんて不良娘がいるくらいなんだ。きっとそうだ。そうに違いない。うん」
誠一郎はとりあえずそういう結論を出し、自分を無理矢理納得させると留子達の元へと駆け足で戻った。三人は待ちくたびれた様子で、ブルドッグの国のお姫様を睨みつけるが誠一郎はそれを気にも止めず、未だ吉村と美雪の抱き合う姿が脳裏から離れないでいた。
「さて、と。そろそろ始まる時間だな。藤内が偽造した招待状は全員持ってるな? 始まってすぐ小泉のスピーチがあるんだが、我々はそこを狙う。私が屋敷の外の木から窓ごしに狙撃する。春川と丸山田は小泉の周辺で射線を確保しろ。印藤は屋敷のブレーカーを落とせ。いけるか?」
サックス色のかわいらしいドレスに身を包んだ留子が三人を見渡した。
「地味な役だな~せめて、御馳走食べてからでもよくね?」
緑白色のきわどいドレスに身を包んだ印藤が、口を尖らせてブーたれた。
「バカを言うな! お前にそんな時間無いだろ! もっと緊張感を持て!」
「ちぇ~」
印藤は詰まらなさそうに小石を蹴り上げ、それでリフティングを始める。見事な石さばきだった。
「トメちゃん。俺とマルちゃんは少し時間ありそうじゃん、ちょちょっとタッパーに御馳走詰め込んでもいいよね?」
「お、俺の分も頼むぜ~! キャビアの寿司とか生ハムのオードブルよろっ!」
「トメちゃん、それなら別にいいよな?」
「ダメだ」
留子は昼間偵察に来たときに茂みに隠してあった旅行カバンを取り出してこう答えた。
「私の分も頼む」
丸山田家製のドデカイ重箱を突きつけられ、春川は苦笑いでそれを受け取った。