事件の予感、丸山田 誠一郎
留子の運転する車の中で、誠一郎と春川は互いに赤面していた。助手席の印藤が時折ミラーに移る二人を見て容赦無しに笑う。
その度に二人はスカートの裾を握り締め、恥辱に耐えるのだった。
「よーく似合ってるぜ~? 優子ちゃん。誠子ちゃんの方は、ある意味それもありだな。デブ専にはウケんじゃね?」
助手席のシンデレラがゲラゲラ笑う中。留子は無言でハンドルをさばく。
「何で」
「何でオレ達、女装してるの?」
春川がようやく口を開いた。誠一郎は恥ずかしさのあまりうつむいて寝た振りをしている。
「それしかなかったし、一度は着てみたいだろ? お姫様みたいな、かわいいドレスを」
「そんな趣味ねーよ! お姫様みたいなカワイイ女の子は好きだけどさ!」
後部座席で、恐ろしいくらいに良く似合う、お姫様みたいなカワイイ女の子になった春川が反論した。
「女の子は皆憧れるんだがな」
「オレは男の子! マルちゃんなんて、ひどいっていう次元じゃないぜコレ!? せめて、頭に乗せたリボンは取ってあげてよ! 見てて気持ち悪く、いや悲しくなるからさ!」
誠一郎はひどかった。美少女然とした春川に対し、厚化粧にピチピチの純白のドレス。印藤曰く、『ブルドッグの国のお姫さま』をイメージしてメイクしたらしい。
誠一郎は泣きたくなった。そしてまたもこう呟く、『トンデモナイところに再就職したな』と。
「見えてきた、あれだ。あれが小泉の別荘だ」
目の前に見えてきたのは、お化けでもでそうな洋館。あるいは、連続殺人事件でも起こって、少年探偵がじっちゃんの名にかけたり、おっちゃんに麻酔銃を使用するかもしれない。そんな感じの洋館だ。
留子は適当なスペースに車を停めると、銃を太もものホルダーに忍ばせ、車を飛び出した。印藤もポケットウィスキーのボトルを取り出し、ポケットに突っ込んで留子を追った。
「……。マルちゃん、付いたぜ? 早くでなよ」
「……。僕、春川くんの方のドアから出たいんだ」
互いに沈黙。しかし、先に飛び出したのは誠一郎だった。
「マルちゃん、ついにデビューしちまったか……オレも腹、くくるかな」
しかし、車から出た春川の目の前に誠一郎はいない。
「ありゃ? マルちゃん?」
誠一郎は、その背中を追っていた。ここにいるわけがない人物の背中を。その背中がふと足を止めた。後姿だけで解る。黒いドレスと白い素肌が鮮やかなコントラストをなし、丸みを帯びた形のいい下半身に支えられ、大きく揺れる天上の二つの果実。女優の様な顔立ちで美雪は微笑んだ。吉村に向かって。
「待っていましたよ、美雪さん」