ゲームマスターかなぴょん、丸山田 誠一郎
四日目の研修を終え、誠一郎は食堂で休憩を取っていた。適当なテーブルに付き、イスをその体重で押しつぶすかのように腰を下ろす。
ふと、昨日の夜の事を思い出し誠一郎は顔をしかめた。昨日、瑠奈の彼氏と思しき男が不敵にも我が陣地に攻め込んできていたらしい。なんでも、急病で家に帰ってしまい、顔を合わせることはできなかったが、その後ろ姿だけは確認できた。あれは瑠奈と同じ高校の男子制服。
「そうだ。春川くんなら、何か知っているかもしれない」
同じ高校の春川ならば、きっと何か知っているに違いない。春川の彼女、るーちゃんとやらに協力をあおいでもいいのではないか。
「うん、そうしよう」
誠一郎は一人力強く頷き、留子のいる私設ゲームセンターへと足を運んだ。時間通りならば、春川がそろそろ来ていてもいい頃合だ。きょろきょろと筐体の前の席を探すが、春川はおろか留子の姿すらない。
「あれ? 師匠ったら、もう晩御飯かな。食べすぎは良くないなあ」
一日七食も食べる腹を波打たせて、誠一郎は留子の姿を求めてさまよった。突然、世界が揺れて誠一郎は尻餅を付く。
「すとら~いく! 相変わらずいい腹持ってんなあ、デブ」
目の前には印藤が右足を軸にして左足を水平に上げていた。どうやら、印藤に腹を蹴られたらしい。ちらほらと、しま模様の何かが見えた気がするが、誠一郎はすぐにそれを記憶から消去した。
「加奈子ちゃんか……春川くんと師匠を知らないかい?」
「あ? 春川と留子? あー上の店長室にいたぜ。それより、デブ。俺と対戦しねー? 今なら完膚なきまでに12ラウンドくらいフルボッコにしてやるぜ?」
「いや、その僕、ゲームはやらないから……」
「げー。つまんねーのは顔だけにしろよなー。ゲームやらないなんて、人生三分の九は損してるぜー?」
誠一郎は人生を3倍も無駄にしていたらしい。それにしても、相変わらずひどい言われようだ。
印藤は初心者相手でもハメ技を平然と使ったり、リアルに蹴りを入れて妨害行為までしてくるので、留子とて油断はできない対戦相手なのだ。
彼女に勝利したが最後。相手が負けるまで何度も対戦を強いられ、それが48時間の耐久レースになった経験から、春川はしばらくゲームを封印した。
だから、この時の誠一郎の選択は正しい。誠一郎は印藤を一人ゲームセンターに残し、上の店長室を目指した。
『いや、昨日は助かったよトメちゃん。オレ、るーちゃんの親父がまさか、あんなのだとは本当思わなかったよ。普段あんな大人しいのに、猪八戒みたいに化けるのな。頭は沙悟浄っぽいクセに』
ふと春川の声がして誠一郎は喜びのあまり、駆け出した。
「やあ、春川くん! 待っていたよ! 実は君をずっと探していたんだ!」
「げ!? マルちゃん!?」
春川は驚きのあまり、イケメンフェイスを孫悟空の様にしわくちゃにした。期せずしてここにプチ西遊記が再現されたのだが、誰も気付くよしもない。
「なんだい? 彼女のお父さん、怖いのかい?」
「え、ああ……まあ、ね」
春川は視線を空中にさまよわせて、大量に顔から汗を噴出した。
「春川くん、男は度胸だよ。殴りあうくらいの気持ちで行けば、きっと向こうのお父さんも君を認めてくれるよ」
笑顔で誠一郎は確かにそう言った。春川は拳を握り締め、誠一郎の顔面に放ってみようか一瞬躊躇したが、誠一郎の言葉でそれは遮られた。
「実はね、僕には高校生のそれはとてもとても可愛い娘がいるんだけど」
「ああ、可愛いよね。うん、とっても可愛い」
「あれ? 知ってるのかい、それなら話が早い。実は昨日、その娘に彼氏が会いに来てたんだけど逃げられちゃってね。君と同じ学校の子らしいんだけど、何か知らないかい?」
「やー……その」
オレです。とはさすがに春川も言えなかった。
「ねーマルちゃん? そいつ見つけてどうすんの?」
春川はおそるおそる聞いてみた。
「決まってるじゃないか。高校一年生の娘をたぶらかした男に相応の末路を用意してやるんだよ。瑠奈は世間知らずだからね、騙されているに違いない。そうだ。今日、体術の時間に蹴り技を覚えたんだ。師匠にもいいスジだって褒められてね、的になったカカシが粉々になったよ」
春川はカカシと同じ末路をたどるであろう自分に、恐怖のあまり喉をからした。