春川in丸山田家その3、丸山田 誠一郎
トイレに留子と二人っきり。これだけ嬉しいシチュエーションなど他に存在しないはずなのだが、額に冷たい銃口の感触と留子の殺気に春川は心底恐怖した。
「ららちゃんだ」
「はひ?」
「この家では私は、高城 ららと呼ばれている。間違ってもトメちゃんなどと呼ぶな。その何も詰まってなさそうな脳ミソが吹き飛ぶぞ?」
「わ、わかったよわかったよ! でも、これどーいうこと? トメちゃんって確か、マルちゃんとこに居候してるんだよね? それがるーちゃんの家にいるのっておかしくない?」
留子は深く溜め息をついた。
「おかしくない。矛盾も何も無い。よーく考えてみろ」
「マルちゃんの家に、トメちゃんはいる。るーちゃんの家で預かってる子はららちゃん。ららちゃんはトメちゃん。えーと……つまり?」
「そうだ」
「マルちゃんって……るーちゃんの……家族?」
「ああ」
「えーと」
しばし春川は全国模試の時よりも頭をフル回転させ、考え続けた。
「ペット?」
「そう見えても仕方が無いが、二足歩行するブタは存在しないだろ」
「えーと」
しばし春川はギャルゲーで選択肢を選ぶ時よりも頭をフル回転させ、考え続けた。
「お兄さん?」
「無理があるな」
「えーと」
春川の顔は蒼白になっていた。銃口を押し付けれている恐怖より、恐ろしい事実を知ってしまったからだ。
「お父……さん?」
ピンポーン。と春川の回答にまるで空気を読んだかのように、グッドタイムミングで玄関のチャイムが鳴った。
『ただいまー』
誠一郎が帰ってきたらしい。
「マルちゃん……えーと……」
「動くタヌキの置物があるなら、私が買い占めてるぞ」
「るーちゃんは……マルちゃんの……娘?」
「戸籍上はもちろん遺伝子的にもな」
春川はこの時、生物の多様性と人間の神秘について新しい理論を組み立てた。この理論を論文にして発表すれば、ノーベル賞も夢では無いかもしれない。
『おおーい、瑠奈、何だこの靴。お客さんかー?』
『ちょっとあなた、今、瑠奈のお友達がいらしてるのよ。それもかっこいい男の子! 彼氏かもしれないわねー。私があと10年若ければほっとかないのに』
『彼氏!? どんな奴か顔を拝んでやる……』
いつものマルちゃんの間の抜けた声ではなく、それはまさに、鬼気迫っていた。
「トメちゃん、オレ……トイレの子になりたい」
「とりあえず、腹の調子が悪いから帰ったことにしといてやる。丸山田は瑠奈の部屋に行ったみたいだしな。あとは私がうまくいいわけしといてやるよ」
「さんきゅ……愛してるぜ、トメちゃん」
普段なら、股間に一発弾丸をおすそ分けしてやるところだが、春川が途端に哀れに見えてトメ子は春川を逃がしてやる事にした。
『瑠奈、お友達がきてるんだろう? パパにも紹介してくれないか?』
「今だ、トイレから出ろ! 振り向かずにそのまま走れ!」
春川はトイレを飛び出すと、玄関にあった靴を抱えてそのまま走り出した。5分ほど全力疾走して、ようやくそこで後ろを振り返った。
「オレ、夢でも見てるのかな……。るーちゃんがマルちゃんの娘だなんて、信じれるかよ。遺伝子の不思議どころじゃねーぞ、ありゃ」
春川は混乱しつつも家路をたどり、結局その日は明け方まで寝付くことが出来なかった。