春川in丸山田家その2、丸山田 誠一郎
シンと静まり返った室内に、耳障りな振動音が響いて春川は我に返る。
震源はどうやら机の上で充電中の携帯で、主を待ちきれないのか鬱陶しいくらいにブルブルと震え続けた。ピンク色の携帯には所狭しとカラフルなビーズで埋め尽くされており、すでに携帯と呼べる物体なのかどうか、あやしい。
「るーちゃんの携帯……」
ディスプレイには『着信中 あいつ』と表示されている。まさか。手にした写真立てと着信中の"あいつ"。その二つが春川の頭の中でリンクする。あいつとは、一体誰か? 確かめずにはいられなくなった。
春川は多少の罪悪感を覚えつつ、ビーズの塊に手を伸ばす。まさかの重量感に戸惑うが、真に戸惑うべきは電話の向こうの相手だった。震える指で通話ボタンを押し、そっと耳に添える。
『もしもし』
「――!!」
聞き覚えのある、野太い声。
『今日は定時であがれる事になったよ。瑠奈と一緒に晩御飯食べるのも久しぶりだな。悪いんだが――』
春川はそこで切った。『瑠奈』。呼び捨てだ。二人はよほど深い関係らしい。
その時、とたとたと階段を上る足音が聞こえてきて、春川は急いで着信履歴を消去すると、ビーズの塊をもとの位置に戻した。
「センパーイ。お待たせしましたっ。あれ? 何してるんですか……って……それ!」
瑠奈は春川の持っていた写真立てに気付き、少し恥ずかしそうに顔を背けた。
「あ、ああ! ごめんごめん、この写真立てかっこいいなー。と思ってさ、ついつい見とれちゃったよー! オレの見立てでは……イギリス製の高級品だな、こいつは! いやあ、いい仕事してますねえ」
「それ、100円ショップで買った中国製のやつです」
「あ、あらそう。最近の100円ショップはレベルがあがったねえ。一体いつの間にこれだけの物を……」
「それ、5年前に買いました」
「だと思ったよ」
春川は笑顔のままトレイに乗せられた紅茶を受け取り、優雅にすする。その姿は中々サマになっており、テレビの向こうに映るイケメン俳優もなんのその、韓流スターも、ハリウッドスターも足元には及ばないオーラを発していた。これはあくまで瑠奈の視点での話だが。
瑠奈がうっとりと春川のティータイムに魅入っていると、ドアをノックする音でそれは妨げられた。
『おねーちゃーん。ケーキ持ってきたからあけてー』
「あ、ららちゃんありがとー! 今開けるね!」
ららちゃん。春川は先ほどまでマルちゃんへの疑惑で一杯だった思考を押し出し、ららちゃんへの興味で頭が一杯になった。どんな子なのか、一分一秒でも早く拝みたいと思い、ドアを開ける瑠奈の背後に立ち、紅茶の最後の一口を急いで流し込む。
「お邪魔しまーす」
元気でかわいらしい声。瑠奈がドアから離れ、ららちゃんはその姿を現した。
「ブフォオオオオオオオオ!」
春川は口からウォーターカッターの様に紅茶を吹き出し、瑠奈の目の前を通り過ぎ、ららちゃんこと、留子の顔面にそれがクリティカルヒットする。
「ト、トメちゃ――」
突然に春川は膝を付いて倒れた。そして目の前にはいつの間にか、間合いを一気に詰めた留子の姿が。
「きゃあ! お兄ちゃん大丈夫? え、お腹痛い? トイレはこっちだよ!」
留子は慌てふためいた様子で叫んだが、顔はあくまで冷静であり瑠奈からはその表情も、春川の腹に打ちつけられた拳も見えない。留子は春川を猛烈な勢いで抱え上げ、階段を駆け下りて行き、瑠奈は一人部屋に取り残された。