シャッターチャンスだ、丸山田 誠一郎
電光石火。あるいは疾風怒涛の如く、印藤は駆け出した。小泉の背後を取るべく、蹴り上げた砂埃を遥か後方に置き去りにして。
「おう。自分自身を強化したのか」
小泉は今度は左手を縦に振り下ろした。やはりまた地面に亀裂が出来るが、印藤の素早い動きに対応できず、命中することはなかった。そしてそれと同時に、印藤も違和感を覚えた。
超反応を誇る印藤の前に見えない攻撃はない。小泉の攻撃は超高速の何かであると考えていたのだが、どうも違うらしい。しかし、考えても解らないのなら仕方が無い。
印藤は軽く跳躍し空中で下半身ごとひねり、スカートがふわりと翻るのと同時、浴びせ蹴りを小泉の顔面に見舞った。学生靴の先端に確かな手応えを感じ、着地して少し距離を離す。
「速いな。確かにキレのあるいい蹴りだが、若い娘がそうそう使う技ではない。……中が見えるぞ」
その小泉のセリフを受けて、春川が携帯をカメラモードにして小泉の背後にまわろうとしたのは、何故であろうか。
印藤は再び蹴りを見舞うべく、足を動かそうとしたが足に違和感を感じ動きを止めた。違和感の正体は一目でわかった。靴の先端がくっきりとなくなっている。それは先ほど小泉の顔面に叩き込んだ右の靴だ。あと数センチ深く蹴り込んでいたら、つま先が無くなっていたのかもしれない。
「あとちょっとで嫁にいけない体になるとこだったぜ……」
だが、印藤は再び小泉に向けて駆け出す。今度は攻撃を繰り出すためではない。見極めるためだ。
小泉が再び右手を横に振った。ただ右手を振ったようにしか見えない。だが、ぎりぎりでかわし、それを見ることができた。黒くて細い糸のような物が、印藤の前髪を少々さらっていく。先ほど印藤が小泉の顔面に見舞った蹴りも、おそらくこいつに命中したのだ。
細いワイヤーの様な物を掌で操っている……それが印藤の見解だった。ならば、やはり懐に飛び込んで接近戦に持ち込んだ方が有利に戦えるはずだ。腰を落とし、左手を地面に添え、四足獣の様に前を見据え、駆け出す。あと半歩の距離というところで印藤は動きを止めた。小泉が左手を顔の前に出し、右手を懐に潜らせている。
印藤は直感的に何かあると思い、身構えた。
「もしもし、ワシだ。む、そうか。わかった、すぐにいく」
しかしそれは印藤の杞憂で、小泉は懐から携帯を取り出して通話中だった。
「娘、お前のおかげでよい暇つぶしができた。今日はこれで暇にさせてもらおう」
印藤も毒気を抜かれたのか、殺る気が急に失せた。なによりFrenzyの効果が切れた事も大きい。
背中を向けた小泉はスキだらけで、蹴りを入れれば気持ちイイくらい転がりそうだが、もうそんな気分ではない。
「おう。娘。時間つぶしに付き合ってくれた礼にいい事を教えてやろう」
小泉は振り向かずにそう言った。
「あんだよ? 今度の期末のヤマでも教えてくれんのか?」
しかし、小泉の返事は印藤の赤点回避の秘策ではなく、期待に反したものだった。
「その薬物はやめるがいい、死ぬぞ」
それだけ言ってどこへともなく消えて行った。
「誰かそんな脅しに乗りますかーっての。な、春川?」
振り向いた先には春川の姿もすでにそこにはなく、かわりに携帯に一通メールが届いており、内容が『インコちゃんにオヤジの相手は任せた! じっくりガールズトーク楽しんでちょq(^-^q)』というものだった。
「あのクソ野郎……俺置いて逃げやがったのか」