嵐の予感、丸山田 誠一郎
ヴァンパイアハンターになる事で失うものがいくつかある。一つは身体の成長、もう一つは生殖能力である。
特に、10代でヴァンパイアハンターになった者は、成長の停止を周囲に悟られないようにする為、2年周期で住居を転々としなければならない。その為、彼らはヴァンパイアハンターになって2年以内に家族や友人と別れを告げることになる。失踪、という形で。
春川が1年前に女性関係を全て清算し、印藤と別れた理由の一つはそれだった。
「あー。そりゃ……その、あれだ。最初はしつこかったから、適当に相手してただけなんだけど……。でも、るーちゃんの話聞いてるうちにさ、なーんか放っとけなくなっちゃって……」
春川は少し真面目な顔になり、話を続ける。
「家族関係がさ、うまく行ってないんだってよ。なんか親父さんは仕事でほとんど家にいなくて、会話しても成績の事くらいしか話題にあがらないって言ってたし……。あとこれ、るーちゃんには口止めされてんだけど、絶対誰にも言うなよな? 中学ん時、けっこうイジメられてたらしーんだ。そん時も、親父さんは仕事で忙しくて、るーちゃんがイジメに合ってるのも知らなかったんだよ……。結局、上っ面しか見てねーんだよな、親なんてさ。そのクセ、『子供の事なら何でも知ってる』だなんて言ってるらしいから、笑っちまうぜ。オレだったらその鈍感親父を一発ブン殴ってやりたいね!」
印藤は春川にブン殴られる誠一郎を心の中で描いてみた。昨日の夜、親友の父親が丸山田 誠一郎と知って驚いたが、今の口ぶりから察するに、春川本人も瑠奈の父親が誠一郎である事を知らないらしい。印藤は面白そうなので、このまま黙っておく事にした。
「まーでも最近転職して、るーちゃんの事をもっとちゃんと考えてくれるようになったらしいんだ。けっこうデカイ会社に転職して、毎晩遅くまでボロボロになりながら帰ってくるんだってよ。しかも専務の娘さんを家で預かってるって言ってたっけー。ららちゃんていう、優しくて、かわいい中学生の女の子らしいんだ。今日の放課後、るーちゃんの家に遊びに行く約束してんだよね。へへへへ。ららちゃん、どんな子なんだろー」
あいかわらずこの男の脳ミソは下半身にぶら下がっているらしい。
「ららちゃんはどうでもいいんだけど、つまり、るなるなに情が移った……と?」
「地球と女の子に優しくするのがオレのモットーだからな。残りの1年でオレなんかが彼女の心の支えになれるなら、いくらでもなるさ。それに、るーちゃんはインコちゃんと違って、いい乳持ってるし、うへへ」
春川は印藤の胸元に目をやり、わざとらしく、肩をすくませた。
「あ?」
印藤は視線ならぬ、刺線、或いは死線なるものを春川に向けて照射した。しかし、すぐにその視線を元の場所に戻した。
「まー、るなるなの事、頼むわ」
「おうよ」
「あーそうそう。見舞い用の花、予約しておいたから、これでいいだろ?」
印藤は携帯の画面に表示された写真を、指差して春川に同意を求めた。
「インコちゃん……これ、お悔やみの花よ?」
HPには『主な用途:お悔やみ、法事、命日、春の彼岸、秋のお彼岸』と表示されている。
確かにあの嫌味な渡辺には、菊の花でも病室に飾ってやってもいいかもしれない。だが、重症のケガ人相手にやはりそれはないだろう、と春川は思った。
「え? そうか? これだとなんかマズイ?」
印藤のきょとんとした顔を見て、春川は一息ついた。再び午後のスケジュールを再確認して、『花屋で見舞いの花を購入』を付け加え、つぶやく。
「面倒くせえ……」