夜道に二人、丸山田 誠一郎
誠一郎はコンビニ前で印藤と別れ、瑠奈と供に帰宅する事になった。
自転車を降りて手で押しながら、薄暗い街灯に照らされた道路を瑠奈は進み、誠一郎もその横を歩いていた。
すでに午後9時を回っており、すれ違う人はほとんど無く、父と娘だけの時間が長く続く……。二人きりで歩くのは何年ぶりの事だろうか、と誠一郎は記憶をめぐらせる。
以前の職では残業もあったし、付き合いなどで帰宅する時間は夜の10時を回ることも少なくなかった。そんな時間に帰ってくれば、当然のことながら瑠奈は部屋から出てはこないので、2,3日顔を合わせないことがよくあり、休日になればなったで、瑠奈は外に遊びに出てすれ違ってばかりいた。
珍しく顔を合わせることがあっても、何を話していいものか解らず、結局会話らしい会話をしない。話しかけても会話のキャッチボールは成立せず、ボールを受け止めずに無視される事だってほとんどだ。最後にまともに会話したのはいつだったか……それも思い出せないでいる。
ふと、瑠奈が足を止め立ち止まる。
そしておもむろにコンビニの袋から栄養ドリンクの瓶を取り出し、つっけんどんに誠一郎の鼻先に突き出した。それはどこにでも売っているような、普通の栄養ドリンクで自販機でもよく見かける物だ。よく冷やされていたせいか、数的の雫が瓶を伝い、地面を軽く濡らした。
「……あげる」
聞こえるか聞こえないか、それくらいの小さな声でぼそりと瑠奈は言った。
しばらく呆然と立ち尽くしていたが、それが自分に向けられた物だとわかると、誠一郎はおずおずと栄養ドリンクの瓶を受け取った。瑠奈の横顔をちらりと盗み見るが、暗闇で表情は読めない。
「見たいテレビがあるから、先に行くね」
それだけ言うと、自転車にまたがり夜の空気を切り裂いて、瑠奈の姿は消えていく。
自転車をこぎ出す直前に、瑠奈は何か言ったのだが、すれ違った自動車から流れる近所迷惑なBGMにかき消され、聞き取ることはかなわなかった。
栄養ドリンクの蓋を開けて、一気に流し込む。それだけで、連日の疲れは吹き飛んでしまう様な気がした。
渡辺の件、そして『T』との戦い……明日も相変わらず忙しい事になるだろうが、口内に満ちた幸せの味が誠一郎の疲れて重くなった足を動かした。
すれ違っていた時間は元に戻せないが、これからいくらでもやり直しができるのではないか。転職した事で、今まで見えてなかったもの、それらを少しだけ見ることができたような気がした。
まだまだこれからなのだ。仕事も、家族も。
誠一郎は夜の住宅街で一つ気合を入れると、歩き出した。家族の待つ我が家へと向かって……。