るなるなとかなぴょん、丸山田 誠一郎
誠一郎は時間が止まる魔法が使えればいいなと思った。どこからか、かわいい猫のような使い魔がやってきて、『僕と契約して魔法中年になってよ』と言われ、魔法使いマルちゃんが誕生するわけでもなく、ただひたすら無情に時は流れた。
とにかく、こんな所を瑠奈に目撃されるわけにはいかない! その思いを胸に、目の前のフライドチキンのチェーン店の白い服を着たおじさんをタックルで押し出し、代わりにそこに直立不動して、気味の悪い笑顔を浮べたマルチャン・サンダースが完成する。
印藤は誠一郎の奇行に目を奪われ、目をしばたかせていたが、やがて瑠奈の後姿に気が付くと声をあげて後ろから飛びついた。
「るなるな、み~っけ!」
驚いた様子で瑠奈は振り向くと、顔をほころばせ、自転車から降りると印藤の両手をがっしりと掴み、二人ではしゃぎだした。
「かなぴょん! こんなとこでどうしたの?」
印藤と瑠奈は互いに『るなるな』、『かなぴょん』と呼び合っているらしい。友達なのだろうか?
「バイトの帰りだよ~!」
その後なにやら二人で、担任のハゲの目つきがやらしいだとか、クラスメイトのユイちゃんとマスダくんが実は付き合ってるだとか、盛り上がっておしゃべりを始めてしまい、誠一郎はこの場から動いてよいものか迷った。
通行人のほとんどが、新しいマスコットを物珍しそうに眺め、何人かには写メを撮られ、挙句の果てには犬にマーキングされてしまい、この場から逃げ出したくなった。
気が付けば、軽く人ごみができており、誠一郎は一躍有名人になりつつあった。ついに誠一郎は耐え切れず、その場を飛び出し、コンビニ前でたむろする二人の前に躍り出てしまう。
「あれ、おっさん。まだいたの? つーか犬くせー(笑)なんですけど。ホテル街から俺と一緒に出てきてけっこう経つぜ?」
印藤が不快感をあらわに、誠一郎との間合いを一気に離した。
「オヤジ……かなぴょんと……ホテル街に行ったの?」
瑠奈は口をあんぐりと開けて、まるで汚いものを見るかのような目で誠一郎を睨みつけた。早く誤解を解かねばならないのだが誠一郎は瑠奈の迫力に押され、言葉が出てこない。印藤が瑠奈のセリフから誠一郎と瑠奈の関係を瞬時に見抜くと、口元を歪ませ行動に出た。
「るなるな、誤解してるよ。誠一郎さんはホテル街で凶悪な男供にからまれていた俺を助けてくれたんだ。相手はその筋の人だったんだけど、右の拳がうなり、左の蹴りが空を裂き、頭突きが夜に煌いてチョーかっこよかったんだぜ? 今、俺が清らかな身でいられるのは誠一郎さんのおかげなんだよ、ウンウン」
芝居がかった様子で印藤は、誠一郎を正義のヒーローに仕立て上げた。瑠奈のほうも単純で、それを信じ込み、今朝からの不信感は完全に拭えたようだった。そしてその裏で、一人悪役の様に笑う印藤 加奈子の瞳に誠一郎はまるで気が付かない。
彼女に借りを作ることが、どういうことであるかを誠一郎が知るには、まだしばらく時間が必要であった。