両手に花、丸山田 誠一郎
きらびやかなネオンの光の中を歩く、3人の男女の姿があった。
一人は、中年の冴えないメガネをかけた男。
一人は、目つきが鋭く、左右に結った長い髪を揺らしながら肩をいからせて歩く女子高生。
一人は、スーパーのアルバイトがそのまま飛び出してきたような、美人の女性店員。
誠一郎達である。
一見すると両手に花の様だが、そうでもない。
数十歩に一回の割合で、印藤が誠一郎の腹にパンチをかましてくる。例の鑑賞料代わりにサンドバッグ代わりになれと印藤がすごんできたのだ。よほど、誠一郎の腹は叩きがいがあるらしい。
だがそれに加え、誠一朗を苦しませる原因がもう一つあった。世間の目だ。帰り道もここを通るのは嫌だったのだが、道がここしか無い以上、いたしかたない。
誠一郎は誰にも会わないように心の中で祈った。
数歩、歩いたところで藤内の携帯が振るえだし、電話に応答する。
「はい……。ええ、こちらはなんとか……想定外な事もありましたけど……はい。なんとか全員無事です」
しばらく黙って藤内の電話の様子を、印藤と二人で誠一郎はぽかんと眺めていた。
「はい……渡辺さんが? わかりました、至急戻ります」
少し藤内の顔色が良くないので、誠一郎は何があったか尋ねてみた。
「藤内さん、渡辺部長に何かあったんですか?」
「……渡辺さんが……瀕死の重傷だそうです」
印藤が大きく目を見開いて藤内に詰め寄った。
「ブチョーがやられたって、マジかよ?」
「ええ、どうやら二箇所のDランクヴァンパイア出現ポイントに、それぞれBランクヴァンパイアが現れたようです」
「その片方があのババア幼女ってことか……」
「じゃあ、渡辺部長はBランクヴァンパイアに?」
誠一郎の問いに藤内は一瞬の間も開けず、はい、と答えた。
「支部の医務室で田中さんが応急手当を済ませた後、ヴァンパイアハンター専門の医療施設へ搬送されたそうなのですが……予断を許さない状況のようですね」
誠一郎は、ハンマーで頭を思い切り殴りつけられた気分になった。昼間まで元気にしていた渡辺が瀕死の重傷……それは、一歩間違えば自分も渡辺同様生死の境を彷徨っていたかもしれない……。改めてトンデモナイところに再就職したな、と誠一郎は心の中で呟いた。
「田中さんは今夜渡辺さんに付き添うらしいので、各自はそのまま現場から直帰してかまわないとのことです。ああ、それとマルちゃん、田中さんの事、お家の方には『友達の家に泊まる』とだけ伝えて欲しいそうです。……それじゃ、私はこのまま一度支部に戻りますね」
それだけ言い残し、藤内はネオンの向こう側へ消えていった。後に残された誠一郎は急に不安になる。
隣の不良少女だ。女子高生と夜にこんな素敵な場所に二人っきりというのもマズイ。帰り道は途中までは同じらしいので、誠一郎は印藤となるべく距離を取りつつ、家路を急いだ。
やがてピンク地帯を抜けると、コンビニが見えてくる。もう少しでこの気まずい状況から脱出できると安堵した誠一郎だったが、アクシデントが発生してしまう。
愛娘瑠奈がそこにいたのだ。
瑠奈は、コンビニの中から出てくると、袋を前かごに載せ、だるそうに自転車に腰掛けた。