もう一つの結末、丸山田 誠一郎
闇に光る4つの紅い光を目にして、印藤は息を呑んだ。内2つがエリーのものだというのは解る。だが、もう一方は何なのだ?
考えるまでもないが、考えざるをえない。
答えは出ているのに、疑わざるをえない。
「マルちゃん……」
藤内もいつしか隣に立ち、その光景を前に動けないでいる。
あれはZealotの効果ではない。では、何か? はっきり言って解らない……それが印藤の答えだ。
やがて、巨大な何かが二人の間を猛スピードで突き抜け、道路脇の電柱にぶつかった。振り返れば、エリーが電柱に引っかかっており、巨大な手をぷらぷらと漂わせている。そして、また、巨大な何かが二人の間を猛スピードで突き抜け、道路脇の電柱にぶつかる。
今度は、木の先端に刃をくくりつけただけという、原始的な武器がエリーを電柱ごと貫いていた。また、振り返ってみると、誠一郎が肩で荒く息をつき、ボールを放り投げた直後の様なポーズで静止していた。
二人は即座に理解する。
そして同時に地面に根をおろしたかのように動けなくなった。
藤内も印藤も、敵であるエリーが完膚なきにまで叩きのめされ、彼女に終わりが近づいている事は理解できる。だが勝利と言ってもいいこの状況に、ただただ誠一郎を見つめ二人は乾いた喉に生唾を流し込み、立ち尽くした。
誠一郎の紅い瞳に、その計り知れない力に恐怖したのだ。
かけるべき言葉はいくつかあるが、その一つすら喉の奥で消えてしまい、一同を静寂が支配する。
闇の向こうに潜む得体の知れない『何か』は一歩。また一歩と。こちらを目指して、どすどすと音を立てやってくる。
ぐう。
唐突に静寂を切り裂いた音。
またぐうという音が鳴り、二人は我に返る。
「お腹空いたぁ」
「あぁ?」
それは先ほどと変わらない、冴えない中年オヤジの声で、空腹を訴える旨のセリフだった。
「一仕事したらお腹空いちゃったね、加奈子ちゃんも藤内さんも、デスバーガーでも食べに行きませんか?」
誠一郎はいつもの口調でそう言った。つぶらな瞳で、暑苦しさ満点になった汗だくのシャツとずれたメガネのまま、とことこ駆け寄ってくる。瞳の色はすでに元に戻っており、藤内も印藤もキツネにつままれたような顔をしていた。
「Zealotってすごい効果だね、加奈子ちゃん。いやあ、びっくりしちゃったよ~」
「あ……ああ、だろ? 俺の作った強化薬は効くんだよ」
上機嫌で笑顔の誠一郎に印藤は苦笑いのまま、そう答えるしかなかった。普段通りの誠一郎の様子に藤内も、安堵し微笑んだ。
緊張が一気に解けた為だろうか。闇に潜んでいた黒い4つの腕が、エリーを包み込んでいた事に三人は気付かないでいた。
それにいち早く気付いた藤内だったが、闇から伸びた黒い腕は、すでにエリーを車椅子の老人の膝上に運び去った後だった。
「お姉さま……」
アーノルドは、息も絶え絶えになったエリーを見かね、自分の黒い腕の手首を一本引きちぎり、そこから溢れ出る紅い命の源泉を彼女に分け与えた。
エリーの安らぎに満ちていく顔に、あいかわらず壊れたロボットの様に、アーノルドは何の表情の変化も見せない。かわりに、細く目を開けたエリーが右手でアーノルドの頬を愛おしく撫でる。
「いい子ね、アーノルド。私のかわいい弟……」
「帰りましょう、お姉さま」
誠一郎達は微動だにすることなく、それをただ見守ることしかできなかった。
アーノルドの姿は闇に溶け込み、やがて見えなくなる。
見逃してもらったという事実に、印藤は唇をかみ締めていたが、内心はどうなのかはわからない。彼女にとっても、Bランクヴァンパイアと真剣に戦り合ったというのも初めてのことであったから。
遠くできりきりきりっという車椅子が去って行く音を耳に残し、三人のこの日の戦いは終わりを告げた。