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50代から始める基礎戦闘術  作者: 岡村 としあき
第三章 『その男、空腹につき』
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諦めるな、丸山田 誠一郎

 だが、泣き言を言っている場合ではない。 


 誠一郎はなんとか足に力を入れ、ふらふらしながらも立ち上がる。まるで世界が揺れているかの様な錯覚に陥るが、それに構わず木に刃をくくりつけた即席ステークの元に向かう。腰を落とし、抱きかかえるようにステークを持ち上げようとするが、うまくいかない。


 それでも、二回、三回と同じ様に繰り返してみるが、一向に持ち上がる気配はなく、時間は刻一刻と過ぎていく。


 闇の向こう側では、印藤が藤内に加勢し、エリーを挟み込む形で対峙している。


 印藤が(おとり)になり、藤内がエリーの見せたスキを付いて斬り込むが、決定打にならない。


 やはりここは印藤の言う通り、自分がこの馬鹿でかい原始的な武器を使って、トドメを刺さなければならないだろう。


 そうこうしている間にも、ムダな時間を消費していく。だが印藤のもたらしたZealotなど何の効果もなく、いくら力を込めても、ウンともスンとも言わない。


 ――重すぎる。


 誠一郎の額に(にじ)んだ汗が鼻をつたい、唇の上に垂れる。口内に塩辛さを感じ、誠一郎は腕に力を込めるのを諦めた。


「……無理だよ……これは」


 荒い息遣いで尻を地面につけ、天を仰ぎハアハアと苦しみを吐き出す。やがて何かを引きずる音が聞こえ、誠一郎は音源を探るべく、辺りを見回した。


 音の発生源はエリーだった。


 エリーが両の手を引きずり、闇の中を突き進んでいる。行かせまいと、藤内が背中から斬り付けたが、エリーには何の効果もない。


 こちらに気付いた様だ。


「何やってんだ、デブ! さっさとしろ!」


 印藤が遠くから叫ぶが、相変わらず力が入らない。


 誠一郎は動けずただただ息を飲み、事態を見守るだけだった。


「ごきげんよう」


 エリーは左右の手をだらりと下げ、可愛らしい笑顔を不気味に歪ませた。


「ブタのおじさんに選ばせてあげる。合い挽き肉になるなら、どっちの女とがいい?」


 物騒な質問を受け、誠一郎は答えに窮した。しばらく無言を貫いていると、エリーが巨大な両手で誠一郎を持ち上げ、首を絞める。


「じゃあ、全部ミックスでいいわね。ついでにガキのご要望通り、チーズも挟んでチーズバーガーにしてあげるから安心なさい」


 チーズバーガー……そういえば、今日の昼間に食べたあれは最高だった。もう、食べることはできなくなるのだ。ハンバーガーも、ラーメンも、渡辺部長のくれたビーフジャーキーも、美雪の手料理も。


 そしてエリーの手で皆、肉の塊にされてしまう。そうなれば……もう家族の顔を見ることはできないだろう。


 瑠奈の顔が浮かんだ。浮かんでは消えて、また浮かんでは消える。


 遠くで誰かが叫んでいる。若い女性の声だ。瑠奈だろうか?


 瑠奈……そうだ、結局朝の誤解をまだ解いていなかった。そして美雪の弁当も忘れていた事も思い出し、誠一郎は目を開けた。


 家族を路頭に迷わせるわけにはいかない。家のローンだって、まだ残っている。孫の顔も見たい。


 娘婿は誠実な男がいい、まっすぐでひたすら真面目な男なら、瑠奈を任せれるのだが、春川の様な男だけは絶対にダメだ。


 ……まだ、死ねない。


 誠一郎はエリーの両手を、引き剥がした。そして今度は逆にエリーの首に手をかけ、高い高いをするかのように持ち上げる。


 エリーは抵抗できないでいる。誠一郎の圧倒的な力の前に成す術がない――というのも理由の一つであったが、 紅く染まった瞳の誠一郎は、エリーが唯一恐れるそれと同じだったからだ。


「お父様……」


 エリーの瞳には誠一郎ではなく、愛する父『T』こと、田中 聖一郎……ヴァンパイアの王とも呼べる父が写っていた。

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