ペットボトルはゴミ箱に、丸山田 誠一郎
印藤の瞳に映るのは、時間が凝縮されたスローモーションの世界。
自分専用に作った反応強化薬『Frenzy』は、普段は栄養ドリンクの瓶に忍ばせており、飲めば弾丸すら箸でつかめる程の超反応を発揮できる。普段は使わないように務めているが、緊急時の場合はやむをえず服用している。
表立って使わない理由は、再生成に恐ろしく時間が掛かることと、この薬自体、ヴァンパイアハンター協会にとって未認可の危険薬物であったからだ。
「目にはアントシアン、歯にはキシリトール、チートにはチートってな」
印藤の鋭い目がさらに鋭く光り、誠一郎がそれを見たら、失禁レベルではすまないぐらいのオーラを放っていた。
エリーの右手は藤内から、印藤へと優先順位を変える。
『この女は危険』
ヴァンパイアとしての本能的な直感とでもいうべきものが、エリーに働いた。先程と同じ様に、力任せに右手を印藤に向かって叩きつける。だが、ひび割れた地面の上に彼女の姿はすでに無い。
突然背中に印藤の蹴りを受け、小さな少女に巨大な右手という、エリーのアンバランスな体が地面を転がった。だが、そのまま転がせてあげるほど印藤は優しくはなく、サッカーボールをセンタリングするかのようにエリーの体を上空に蹴り上げる。
印藤はさらに追い討ちをかけるべく、勢い良くジャンプし、エリーを追い越して上空に舞い上がった。半月を背に、印藤は懐から小型の拳銃を取り出し、素早い動きでマガジンをセットすると、エリーの体を左手でがっしりとつかみ、心臓に向けて銃身ごと殴りつけた。
二人はそのままの姿勢で地面に墜落し、地上への帰還を果たすと同時に、印藤の右手の拳銃は零距離で全弾を発射する。発砲の音と同時に、エリーの体が面白いように何度も波打つ。
エリーが動かなくなったのを確認すると、印藤はおろした学生カバンの元に向かい、中からゼロカロリーコーラを取り出し、一気飲みした。
目の前に横たわる自分の仕事ぶりに何度も満足気に頷いて、『俺TUEEE』と呟いた。
田中 留子が印藤の危険薬物所持を見抜きながら黙って泳がせておいたのは、彼女の薬物に関する才能と戦闘時における生存本能に魅力を感じたからである。勝つためならば、なんでもする……それは逆に言えば、型にはまらない動きをする事で相手の意表をつくことが出来る。
拳銃をハンマー代わりに使ったり、ヴァンパイアをステークの落とし穴にはめたりと、彼女の行動はどこか幼稚じみていて、先を読めない。御する事は難しいであろうが、こういったイレギュラーは戦力として重宝するであろう。何より、留子のゲームの師匠である印藤に口が出せなかった、というのも僅かではある。
「あぁ? まだやんの?」
右手を支えにして立ち上がったエリーの目はまだまだ紅く、生気に満ちていた。
印藤が空になったコーラのペットボトルをエリーに投げつけると、右手の掌の瞳が口に変化し、ペットボトルをおいしそうにグシャグシャと貪る。『ゴミ箱いらねーな』と印藤が呟いた瞬間、エリーの左手にも変化が起こった。
左右対称の巨大なねずみ色の手は、そのプレッシャーも二倍に感じさせる。
「おいおい、二段階変身は日曜朝8時の特権じゃねーのかよ」