廃人様は依然お元気です、丸山田 誠一郎
人の世にヴァンパイアという人外の存在が現れて、どれくらいの年月が過ぎただろうか。闇で生まれ、また闇に消えてゆく、時には同胞の血肉となり、またある時には彼らを狩る者に命を奪われて。
Aランク以上のヴァンパイアが認定されていないのは、多くのヴァンパイアが、50年の歳月を経る前に滅せられるからである。
ヴァンパイアは絶滅危惧種なのだ。
組織として動くヴァンパイアハンターに対し、ヴァンパイアは血の繋がりを重要視し、他の家系とはかかわろうとしない。軍隊と不良グループの差だと思えばいいだろう。
『T』はその現状を憂い、ヴァンパイア勢力の統一を果たそうとしている。だが、小泉家はそれに反対したので、他の家系への見せしめとして潰す事になった。それに派遣されたのが、エリーとアーノルドである。
愛する父からのお願いは絶対であった。人として生を受けた時には親と呼べる者はおらず、名前ではなく番号で呼ばれるだけの人形。同世代の少年少女達は周りにいたが、友と呼べる者はおらず、人として生きる意味も見出せなかった。
そんなエリーに家族をもたらしたくれた父。その父の期待を裏切るわけにはいかない。
本来ならば、この姿は誰にも見せたくはなかった。弟達にも、ヴァンパイアハンターにすら、見られたくない。彼女が本来の力を使うことを躊躇わなければ、こんな醜態をさらすことは無かっただろう。
肉体の組成変異。
Cランク以上のヴァンパイアは、肉体を望む形に作り変えることができる。吉村は戦闘特化させた姿形に、アーノルドはトリッキーな動きが可能な四本の黒い手。
「レア武器1個は訂正させてもらっていいですか?」
藤内の首筋に一筋汗が流れ、ブラウスの襟を濡らす。印藤も携帯から目を放し、鋭い視線をそれに注いだ。誠一郎はというと、泡を吹いて倒れていた。
小さな少女には不釣合いな程、巨大な右手。握りこぶしは学習机ほどの大きさになるかもしれない。ワンピースの肩口から生え出たそれは、掌に位置する部分に巨大な瞳を持ち、不気味にもそれがぎょろぎょろと闇の中で蠢いていた。
「お父様の為……そう、お父様の為なら……」
巨大な右手を振り上げたエリーが藤内に向けてジャンケンのパーの状態で大きく振り下ろした。
藤内はそれを後方にジャンプしてかわすが、エリーの右手はアスファルトに衝撃を伝え、地面にヒビを入れた。地面の振動に巻き込まれ、藤内は頭から倒れてしまい、目を閉じ気絶してしまう。
そこを攻撃しようとエリーの右手が藤内の体に覆いかぶさろうとするが、エリーの右手にボールが投げつけられ、弾けると液体状の物が巨大な右手を濡らした。
「彩華、大丈夫かよ!」
だが、印藤の聖水爆弾も効果はなく、右手は何のダメージも受けていない。
それもそうか、と印藤は思った。ボスキャラ相手にデバフは普通かからない。
印藤は学生カバンから栄養ドリンクの瓶を取り出して、飲み干した。
「学士ってネトゲでいうと、バッファーとデバッファーを兼ねてんだよね。ネトゲ廃人なめんじゃねえぞ、チート幼女」
空になった栄養ドリンクを握りつぶして、学生カバンを地面におろすと印藤は嫌味に笑った。