一つの結末、丸山田 誠一郎
渡辺は一直線に大吾郎の胸に右の拳を打ち込んだ。大吾郎の黒い皮膚は、銀のグローブが触れるその瞬間に、爛れて煙を上げる。今度は、左の拳を胃袋めがけて放ち、右上段蹴りで顔面を鮮やかに切り裂いた。
大吾郎は弧を描くように、打ちのめした少年ヴァンパイアの山に突っ込んだ。
やはり、大したことが無い。まだ、多少殴り足りない感はあるが、早々にケリを着けて家に帰ってバーボンでも開けよう。そう考えていた渡辺だったが、すぐにその考えを改めざるをえなくなった。
「積極的なオジサマは大好物なの、あたし」
大吾郎が再び立ち上がり、無様な顔をさらけ出した。
「お食事の時間、忘れてたわ」
すると大吾郎は、少年ヴァンパイアを一人むんずとつまみ上げ、汚い口からのぞく鋭い牙で血を吸い取った。
「自分の子供を……ヴァンパイアは血のつながりを重要視しているのではないのですか?」
3人目の少年が灰になったところで、大吾郎は口についた紅い命の雫を舐めまわし答える。
「それは『T』の話よ、あいつらイイ子ちゃんだから、家族の間で血のやりとりはしないけど小泉は違うの。子は親のためにあり、血は親のためにあるのよ」
ゲフっ、と一つ大きなゲップをして大吾郎は腹をさすり、満足げな表情で灰となって変わり果てた少年達を踏みつけた。
「ご馳走様、んぐ――」
最後の『んぐ』とは、本来『うふ』と発音されるべき言葉であった。正しく発音できなかったのは、渡辺が大吾郎の顔面にカカトを落としたからである。
正直、彼らの倫理観や食料事情など、どうでもいい。そもそもヴァンパイアに同情する感情など、渡辺は持ち合わせてはいない。
奴らには存在する意味も、意義もない。
ヴァンパイアを討伐して、報酬がもらえようとも、そんなはした金はどうだっていい。ただ、弱者をこの拳でいたぶる事ができればそれでいいのだ。
すでに動かなくなった大吾郎に聖水をかけると、渡辺はまた口元に薄く笑いをつくり廃材置き場を後にしようとした。だが、きりきりきりっと何かをこする音が聞こえ、渡辺はふと足を止める。
これまた廃材置き場に似つかわしくない、車椅子の老紳士の姿が、不気味なまでにゆっくりとした速度で渡辺に迫ってくるではないか。
「おや、あなたは昼間の――」
言い終わる前に渡辺は地面に膝をついた。
老人……アーノルドと呼ばれ、昼間出会った時に感じた存在感はそこになく、空虚な人形のように、虚空を見つめ、渡辺の体をアーノルドの四本の黒い腕が貫いていた。
背中から伸びたそれは、悪魔が羽を伸ばしたかのように、どす黒く、禍々しい黒一色の腕で、渡辺とは4メートル程の距離があったにもかかわらず、その距離をものともせずまるで伸縮自在のムチのように振り回す。
廃材置き場に月明かりで映し出された二つの人影は、片方の影がコンマ何秒という僅かな時間で奇妙に変形し、もう片方の影を紙人形の様に弄ぶ。やがて渡辺は赤い池の上に崩れ落ち、微動だにしなくなった。
アーノルドはそれを確認すると、背中から伸びていた腕を巻尺のように素早く背中へと引き戻し、まるで何も生えていなかったの様に元に戻ると、再び車椅子をこぎ出し、深い闇の中へと消えて行った。