誰か忘れてませんか、丸山田 誠一郎
その頃、同じ時間、違う場所で渡辺 義久も戦いを繰り広げていた。
VHナビに従い現場にやってきた渡辺を出迎えたのは、大量のEランクヴァンパイアの群れだった。
夜の廃材置き場に似つかわしくない、スーツ姿の男と紅い瞳の少年達。一見すると、不良グループにからまれた運の悪いあわれなおっさんと錯覚するが、鋭く研ぎ澄まされた瞳と、口元の薄笑いは『搾取する側』の証とも言える。
その薄笑いが気に入らなかったのか、少年ヴァンパイアの一人が罵声を浴びせた。
「おいおい、こんなおっさん寄越すなんて、ヴァンパイアハンターも人手不足かあ? 加齢臭がして臭くてたまらねーぜ」
すると、ぎゃはははと下品な笑いの大合唱が始まった。
10代後半の少年達がEランクと言う事は、それでも20代半ばの精神年齢であろうか。
渡辺が嫌いなものは、この世に二つある。
一つは、甘い物……そしてもう一つは――。
「躾のなってない子供は嫌いなんですよねえ、僕は」
両腕にはめた銀色のグローブを握りしめ、渡辺は構えをとった。その気迫は、ヴァンパイアの少年達を一歩後ずさりさせ、思わず防御の姿勢へと転換させる。
「なめてんじゃねえぞ、ジジイ!」
ヴァンパイアの一人が、飛び出した。
華麗。という言葉を形容するならば、今の渡辺の動きがまさにそうなのだろう。相手の動きを見極め、その一手先を読み、的確な打撃を急所に叩き込む――。
渡辺の華麗蹴をみぞおちにもらい、廃材の山に体ごと突っ込んだまま、ヴァンパイアの少年は動かなくなった。
渡辺は体術士としての訓練は毎日かかせていない。検定こそ今は4級であるが、彼の実力は2級クラスであった。
検定を受けない理由はたった一つ。
「僕は会社勤めで忙しい身なんです、手早く皆仲良く一緒に遊んであげますよ?」
ヴァンパイアといえど、元は人間の若者。彼らの様な荒々しい若者の扱いには慣れている。
次々に襲い掛かるヴァンパイアの少年達にそれぞれ、心ばかりの挨拶をボディランゲージで返していく。
二十数回目の挨拶が終わる頃には、すでにカタはついていた。
「やるわね、オジサマ」
VHナビにDランクの反応があり、目の前の人物が当初の目標であった事を再確認する。
廃材の山の上から降り立つと、白く無造作に伸びた長い髪を鬱陶しそうに振り払い、薄い目が渡辺を捉えた。
「あたしは小泉家当主の右腕、小泉 大吾郎っていうの、ヨロシクねダンディーなオジサマ」
うふっ、と大吾郎のウインクに渡辺は目を背けた。
革ジャンから見え隠れしている胸毛といい、そっち系のようだ。
「あらあら、照れちゃってカワイイ~。あたしの胸の奥で眠らせてあ・げ・る。んふっ」
目を合わせたくない。
大吾郎は革ジャンを脱ぎ捨て、体を黒く変異させると、口からは汚らしくもよだれを垂らした。
だが、渡辺はそれに臆することなく構えなおす。
「やれやれ、困りましたねえ」
渡辺が好きなものは、この世に二つある。
一つは、辛い物……そしてもう一つは――。
「弱いものいじめが大好きなんですよねえ、僕は」