器用に不器用、丸山田 誠一郎
「追いますよ、マルちゃん」
藤内は誠一郎の腕を掴み、外灯などほとんど無い薄明かりの中を駆けていった。やがて一本の電柱の前で少女が正座しているのが目に入り、誠一郎と藤内はそこで足を止める。
「あれ、あの女の子は……確か」
昼間出会った少女、エリーと呼ばれていた少女だ。
誠一郎はこんな所にか弱い少女を一人にすべきではないと思い、保護しようと近づいたが、藤内に右手で制され、それ以上進むことはなかった。
なぜなら藤内の目線の先には、少女の横でぐちゃぐちゃに引き裂かれ、赤に染まったハルヒちゃんのワンピースが捨てられていたからだ。
「こんばんは、ヴァンパイアハンターさん。コイズミのクソガキは先にいただいちゃったわ。にしても、クソまずいわよね。コイズミの血って」
口の周りには赤い糸の様な物が、エリーの胸元まで垂れ下がっており、それが本来の着ていた服の色を真っ赤に染め上げていた。ふんだんにフリルが使われているエリーのかわいらしいワンピースも、すでに昼間の様な面影はどこにもない。
「田中さんから聞いてはいました、『T』が動くかもしれないと。でも、ここに来た目的は何なんです?」
藤内は銀色の剣の切っ先をエリーに向けて突きつけるが、エリーは表情を変えることなく、舌なめずりをして口の周りの血を舐めると立ち上がり、紅い瞳を現した。
それはまるで闇に浮かぶ、2つの紅い宝石の様で、魅入られたかのように誠一郎は目を放すことができない。
「お父様が来る前のお掃除よ。コイズミをぶっ潰して、お父様に頭をナデナデしてもらうの。ご褒美にかわいいブタのぬいぐるみでも、買ってもらおうかしら。安心して、お父様から潰せと言われたのはコイズミだけだから。ガキンチョはお家に帰ってJIDAIGEKIでも見て、クソして寝なさい」
藤内の剣を握る手が、誠一郎にはより強く握り直したように見えた。
「マルちゃん、彼女は長女エリー……見た目は可憐な女の子ですが、Bランクヴァンパイアです。おそらく、さっきのヴァンパイアを葬ったのも彼女でしょう。決して気を許さないでください」
信じられないとは思ったが、留子の様な10代前半の姿のままヴァンパイアハンターになり、100歳を超える者もいるのだ。何より、エリーの紅く邪気に満ちた瞳が人外の存在であることを証明していた。
誠一郎は覚悟を決めると、懐から拳銃を取り出し、いつでも撃てるようにスタンバイする。
「何? やるっていうの? せっかく見逃してやるって言ってるのに」
「マルちゃん、援護よろしくお願いします!」
藤内は剣を右肩辺りにまで両手で水平に持ち上げ、腰を落とし構えなおした。剣術検定基礎中の基礎の構え、『疾風の構え』だ。疾風の構えは、初手にて瞬速で突きを繰り出し、相手の出鼻をくじく攻めの構えである。
藤内は早々に勝負を付けるつもりなのだ。
藤内が疾る――その動きは洗練されていて、優雅に舞っているようにも見える。さらに流れるように、銀色の光が次々とエリーを襲うが、エリーは戦う気は無いのか鬼ごっこの様に逃げ回っているばかりだった。
誠一郎は銃を構え、狙いをエリー……ではなく、藤内につけた。昼間の要領でいくなら、エリーではなく、藤内を撃つつもりで引き金を引けば、当たるはず。
銀の刃を垂直に跳躍してかわしたエリー、そのタイミングを見計らって、藤内に向けて弾丸を放つ。
だが――。
弾は藤内の剣に命中し、へし折れてしまう。それを見たエリーが上空で腹を抱えて笑い出した。
「これが、日本のBOKEなの? ぶはははは! 自分の味方に向かって撃つだなんて!」
藤内の顔は笑っているが、その視線は冷たい。
「マルちゃん、冗談は顔とそれ以外だけにしてくださいね」