夜の蝶にご用心、丸山田 誠一郎
三合市は山に囲まれており、まだまだ未開発の土地がある。その山の方に足を運ぶと、ピンク色のハデなホテルや、きらびやかなネオンがこうごうと輝き、そこだけまるで異世界のようだった。
『天然温泉』の看板を掲げた建物の前で、誠一郎達は足を止めた。キョロキョロと360度フルに首を回転させ、周囲を警戒する。決してヴァンパイアを探しているわけではない。
藤内の様な、若くてキレイなオネーチャンと、こんな場所にいるのが、知り合いにでもバレたらことだからだ。それが美雪の耳にでも入ろうものなら、おそらく丸山田家は崩壊するのではないか。
幸い、周囲には誠一郎と藤内しかいないようなので、今のところは安心のようだが。
「このホテルの中みたいですね、さあ、行きましょう、マルちゃん」
行くんですか? と口に出す前に、甲高い声が誠一郎の背中に刺さった。
「セイちゃあああん!」
後ろを振り返ると、以前、仲良くなって電話番号を交換した『キャバ嬢ハルヒちゃん』が手を振っていた。
誠一郎に駆け寄ると、誠一郎の左手を両手で抱え、ピンクのワンピースから露出している肌を甘えるように擦り付けてくると、香水のいい匂いが誠一郎の鼻をくすぐった。
こんなところ誰かに見られたら、ヤバイ。
「もう、どないしたん? 一度も電話かけてくれへんし、お店にも顔出してくれへんし。うち、めっちゃ心配したんやで? ン~あれ~何なん、そのコ? 別の店のコなん?」
邪魔者をみつけて、ハルヒちゃんの機嫌は急に悪くなった。藤内を見るハルヒちゃんの顔が怖い。
だが、藤内はそれに臆することなく、ハルヒちゃんに近づいていく。
急に左手にかかっていた体重が消え、誠一郎は何が起こったのか一瞬解らなかった。
「見つけました」
気が付くと、藤内が剣を抜き、ハルヒちゃんの腹を貫いていた。
「ちょちょっと藤内さん、ハルヒちゃんになんてこと!」
「ナビを見てください、目標です」
VHナビを見ると、すぐ目の前にDの反応があった。キャバ嬢のヴァンパイアなんて信じられないが、実際に目の前に反応がある以上、認めざるを得ないのだろう。
誠一郎は、今度からは入るお店をちゃんと選ぼう、と思った。
ハルヒちゃんは紅い眼で誠一郎を睨み、誠一郎になにやら恨みの言葉を叫んでいるではないか。
誠一郎は恐ろしくなって藤内の影に隠れるが、その巨体が藤内の華奢な体で隠れるはずも無く、横にはみ出した脂肪がブルブルと震えている。
藤内が止めを刺す為、間合いを詰めようとするが、ハルヒちゃんは誠一郎達を飛び越えてすり抜けると、風通しの良くなったワンピースを来たまま、山の方へと逃げていった。