もう一人の50代参戦、丸山田 誠一郎
同じ職場……と言うことは、渡辺が留子の言う、ヴァンパイアハンターなのか。
「ああ、君は何も知らないんだったねえ。僕は1年前、取引先との打ち合わせの帰りに、ヴァンパイアに噛まれてしまってね。その時、田中氏に助けられて、ヴァンパイアハンターになったんだよ。いや、あの時は携帯を踏み潰されて大変だったよ」
まさか、渡辺もギャバ嬢の電話番号や、エッチなメールマガジンをその日失ったのだろうか? 途端に誠一郎は渡辺に近しいものを感じ、同情の思いをよせた。
「大事な取引先の電話番号や、業務メールが記憶されてたのに。でも番号はちゃんと頭に入っていたし、メールの内容も思い出せたから、問題なかったんだけどね」
どうやら誠一郎の推理は外れたようだ。
渡辺は黒く、ふさふさとした髪をかき上げた。
誠一郎より年が4つ上なので、56歳のはずなのだが、細身の体と清潔感のあるオールバックの髪型の渡辺は、苦味ばしったイイ男と呼ぶに相応しい。
「さあ、それじゃ丸山田くん。案内してくれたまえ。いや、マルちゃんって言ったほうがいいのかな?」
嫌味で彩られた笑顔で渡辺は誠一郎に微笑み、アゴで合図をすると、誠一郎を先頭に歩き出した。
歩き始めて5分ほどして、人気の無い裏通りに差し掛かった時、一組の男女とすれ違った。男女といっても、車椅子に乗った初老の男とそれを後ろから押す、小学校高学年くらいの女の子だ。
銀色の髪を後ろに束ね、キレイに整えられたヒゲは、まさしく老紳士と呼ぶにふさわしい。澄んだ琥珀色の瞳は、前を見据え、意思の強さを表しているかのようだった。
女の子のほうは、長い金髪をサイドテールに結んでおり、顔の左側で歩く度にぴょこぴょこと髪が動く様子は、不思議なかわいらしさがあった。
海外旅行中の白人のおじいちゃんと孫娘……そんな感じだろうか?
昔は瑠奈にも、あの女の子の様に無邪気でかわいらしい時期があったものだ。だが、高校生ともなれば難しい時期なので、親子の距離は今のが普通なのかもしれない。
「すみません、ちょっとよろしいですかな?」
老人が車椅子を止め、流暢な日本語で語りかけてきた。まさか英国風老紳士から、日本語が飛び出すとは夢にも思わなかったので、誠一郎は『イングリッシュ、ノーサンキュー! ディス イズ ア ペン!』と言って、渡辺を指差した。
ちなみに、渡辺はペンではない。
「おお、ではペンさんとやら。このあたりに、ベリーデリシャスなジャパニーズフード。TAKOYAKIのお店を知りませんかな?」
おそらく、イカちゃんの事であろう。
「それならば、ここをまっすぐに行った所にありますよ」
ペンさんが優しく丁寧に老人に道を教えた。
「ありがとう、ペンさん。それにしても、最近の日本人の名前は変わっとりますなあ。しかしペン……いい名前だ。ひ孫ができたらぜひ、あなたと同じ名前を付けたいものだ」
「はは、それは光栄ですねえ」
渡辺は品の良い涼しい笑みを浮べているが、内心、誠一郎の語学力のなさに腹を抱えて笑い転げそうだった。
「お爺ちゃん、早く、行きましょう。TAKOYAKIが逃げちゃうわ!」
「これ、エリー。そんな早くおさんでくれ! 危ないじゃないか。それではお二方、ごきげんよう」
エリーと呼ばれた女の子は、元気よく車椅子を押し出し、あっという間に誠一郎達の視界から消えたのだった。
「気になりますねえ、さっきの女の子」
渡辺はイカちゃんの方向に体を向け、腕組をし何やら思案している。56歳を過ぎた渡辺は今でも独り身である。今の発言と照らし合わせると……渡辺はロリコンなのではないか、と誠一郎は閃いた。