俺の胃袋は宇宙だ、丸山田 誠一郎
デスバーガー三合店の前で、留子は息を呑んだ。嫌な汗が留子の髪を濡らし、汗でじわりと背中にブラウスが張り付く。
アルバイトの女子大生達が、こちらへ向けている視線が冷たい。
店内では、店長と目される男性が一心不乱に頭を下げまくっており、客はブツブツと文句を言いながら帰っていった。
そして、お昼時であるというのに『本日の営業は終了しました』というプレートがドアにかけられている。
「どうしたんですか師匠? それにしても、チーズデスバーガーもチキンデスバーガーもどれも絶品でしたね!」
フライドポテトの袋をゴミ箱に捨てた誠一郎が、満足げな表情で、誠一郎の腹部と対照的に、やせ細った財布を呆然と見つめる留子に語りかけた。
空気と私の懐事情を読め、このボケ! と留子は心の奥底でキレた。公衆の面前で汚い言葉を使いたくは無いので、ギロっと誠一郎を睨みつける。
「あ、すみません……師匠の事も考えずに……」
解っていればまだいいのだ、留子は少し心を落ち着かせた。
「プリンパイ、23個残ってたんですけど、全部食べちゃいました」
天使の様に誠一郎は幸せそうな笑みを浮べたが、留子は悪魔の様な笑みを誠一郎に返した。
留子は滅多に見せない気弱な表情で、デスバーガー三合店を誠一郎と供に立ち去り、駅前のバス停のベンチに前のめりになって倒れこんだ。
店の全食料を喰らい尽くした誠一郎……やはりこいつに向いてるのは大食い王だろう。
ブラウスの胸ポケットに強引にねじこんだ領収書を取り出し、仰向けになってそれを両手で天に掲げる。そこには、ファーストフードでランチした金額とは、とても思えないような額が記載されていた。中古の原付が一台買えるのではないか?
株主優待券を使ったにもかかわらず、誠一郎の飼育費がこれだけの金額になるとは夢にも思わなかった。領収書の中身を適当に備品代とかにして、なんとか経費で落としてしまおう。後で藤内に何か言われるかもしないが……。
「あれ、師匠の携帯。鳴ってますよ?」
ショックすぎて気が付かなかったが、留子の携帯は着信中であった。
「ああ、私だ。ん? 道に迷った? そうか、わかった。人を寄越すからそこで待ってろ。場所は……たこ焼き屋イカちゃんの前か、わかった」
たこ焼きという単語に誠一郎の胃袋が反応する。
「新しいヴァンパイアハンターが、今日うちに来ることになってたんだが、どうも道に迷ってしまったらしい。イカちゃんの前で待ってるらしいから、お前行ってきてくれないか?」
「喜んで!」
誠一郎は、新しい仲間ではなく、たこ焼きを胃袋に迎えるため走り出した。
何で今の突進力を、ステークの実技の時に活かせないのか、と留子はすでに小さくなった誠一郎の背中を視界の端に捉え、大きくため息をつく。
イカちゃんは大玉のたこ焼きで、少々値が張るがふんわりした生地と、コクのあるオリジナルソースと、鮮度抜群のタコを使っているので、誠一郎の中では100点中89点の高評価だった。
「マスター、いつもの頼むよ!」
「おう、セイちゃんやないか! 昼飯時やのにたこ焼き? オタクも好きやね」
いつものやりとりの末、イカちゃん特製たこ焼きを受け取り、早速誠一郎は至福のときを迎える――はずだった。
「うん、これは……まぁまぁだね。僕の口には合わないけど」
爪楊枝の先には、すでに愛しいたこ焼きはおらず、高級そうなスーツを着込んだ男が口をもぐもぐと動かしている。
「丸山田くん、君は相変わらずだねえ」
たこ焼きを盗んだ犯人は誠一郎も良く知る人物であった。
「渡辺部長……」
誠一郎をリストラした元上司であり、同期の渡辺 義久。
「また同じ職場になるだなんて、今度も僕にリストラさせないように、頑張ってくれたまえよ?」