夜空を見上げる、丸山田 誠一郎
食事を終えた留子は、誠一郎をベランダに呼び出した。
「お前の家族、いいな」
「はい?」
留子は三日月を見上げ、唐突にそう切り出した。一筋の風がべランダを吹き抜け、留子の髪を揺らす。
「30年前にな……それは仲の良かった夫婦がいたんだよ。新婚ホヤホヤで……二人の人生これからって時に、ある事件が起こった」
食後のデザートのリンゴを食べる手を止め、誠一郎は黙って留子の話に耳を傾けた。
「ヴァンパイアに噛まれたんだ。一人はすでに手遅れで、そのままヴァンパイアになっちまった。もう一人は、ヴァンパイアハンターになって、二人は敵同士さ。つい一時間程前までは、まぎれもなく家族だったのに。それが、一瞬で裂かれたのさ」
吉村と藤内の事なのだろうか?
「もしお前の娘の瑠奈が、ヴァンパイアに噛まれたら、どうする? そのまま殺せるか? それとも、ヴァンパイアハンターにするか?」
「え……?」
留子の質問に誠一郎は言葉に詰まる。
「今日みたいに吉村の様な知り合いが、実はヴァンパイアでした。とか、あるかもしれない。もしかすると、これから先……親友や家族をその手にかける事になるかもしれない」
「なんでそれを、教えてくれなかったんです?」
誠一郎の手からリンゴがどさりと零れ落ちる。留子の白く細い肩を掴み、詰め寄った。
かわいらしいピンクのキャミソールに身を包んだ留子の上半身。その白く細い肩に、誠一郎の太い指が深く食い込むが、痛みに顔を歪めるでもなく、幼い顔には似合わない、どこか達観した表情で誠一郎を見つめていた。
「最初に言っただろ? あんまおススメしないって。それに、なりたいって言ったのお前だぞ?」
「師匠は……自分の家族を殺せといわれれば、殺せるんですか?」
「――殺せる」
留子は美しくも恐ろしい笑みを浮べて、こう言った。
「私は元人間現在バケモノ。――ヴァンパイアハンターだからな」
もしも、もしも瑠奈が噛まれたら、自分はどうするだろう。ヴァンパイアとして処理できるか? かといって、ヴァンパイアハンターにするのか?
ヴァンパイアハンターになったとしても、瑠奈に待ち受けているのは、辛く恐ろしい日々ではないのか?
「そうならない為に、お前が家族を守ってやれ」
「え?」
「私には守る家族は無いが、お前にはあるんだからな」
今も留子は笑顔ではあるが、それは先ほどとは違い、慈愛に満ちた母の様な笑顔であった。誠一郎は留子の肩から手を離し、留子の次の言葉を待った。
「この街のヴァンパイアを全て殲滅するんだ。無論、私も、春川も、藤内も力を貸す。お前がヴァンパイアに噛まれたのは私の責任でもあるからな……。徹底的にシゴキ上げて、戦闘術のなんたるかを叩き込んでやる」
『ららちゃーん、お風呂沸いたよー』
唐突に瑠奈の声が響き渡る。
「おっと、お呼びみたいだな。大丈夫、お前はやればできる子だ。私が保証してやる。だから、明日から覚悟しておけよ」
留子は"ららちゃんモード"に変化し、とたとたと階段を駆け下りていった。
誠一郎はリンゴを拾い上げ、一人呟いた。
「とんでもないとこに再就職しちゃったな……」
夜空を見上げる誠一郎の背中は、疲れ切っているものの、朝、家を出た時以上に家族を守る使命感で満ち溢れていた。