パーフェクト奥さんを持って幸せ、丸山田 誠一郎
ドでかい重箱を下駄箱の上に置き、腰を玄関の床に落ち着かせる。今日一日の疲労が全身に行き渡り、すぐにでも眠りこけてしまいそうだった。
留子はそんな誠一郎の膝に飛び乗り、さらに頭を踏み台にし、階段に飛び移ると、さっさと自分の部屋に消えてしまう。フジタニの制服姿が見つかると厄介なので、私服に着替えるためだ。
後に残された誠一郎は、とぼとぼとリビングに向かう。
「オヤジ、おかえりー。残業? エライじゃん。オヤジはやれば出来る子なんだから24時間働いてもイケルんじゃない?」
そういえば3年前、中間テストの成績があまり良くなかった瑠奈に、『瑠奈はやればできる子だから、大丈夫』。と、同じ事を娘に言ったのだが、それを逆に言われるとは。
テレビを見ると、トラエモンがシズルちゃんに向けて、8連ミサイルランチャーを放ったところだった。
「懐かしいな、トラエモンじゃないか」
「これ、学校の先輩に借りたDVDなんだ。なんかさー12人もお姉さんがいて、そのお姉さん達がトラエモンマニアなんだって」
「へえ、パパの仕事先にもバイトの子で、お姉さんが12人いるって言ってた子がいたなあ。その子もトラエモンを毎週見てるって言ってたぞ」
「えー超偶然じゃん! 13人姉弟って、はやってんのかな」
「はは、もしかしてアルバイトの子と、瑠奈の先輩は同一人物なのかもな」
「んなわけないでしょ」
丸山田家の人間は相当鈍いらしい。
リビングのドアの前で、ピンクのキャミソールと、ジーンズに着替えた留子は、深くため息を付いたのだった。
「あら、どうしたの、ららちゃん? そんな所で突っ立ってないで、中に入ったら?」
美雪に急かされ、リビングに入ると誠一郎はテーブルに着き、大きなトンカツをブラックホールの様な口に、放り込んでいた。
共食いである。
「こんな時間まで塾に行ってるなんて、偉いのね。ご飯まだでしょ? 誠一郎さんと一緒に召し上がってね」
美雪の運んでくれた料理は、どれもこれも懐かしい味がした。関西出身の美雪が作るみそ汁は、白みそ仕立ての薄味だ。わかめと豆腐が口の中で踊る。
少し柔らかめのご飯と、キツネ色の衣を纏ったトンカツ。外はサックリ、中はジューシーで肉汁が溢れ出している。
十分にお金が取れるレベルだと、素直に留子は思った。同時に、『そりゃこれだけウマイ飯をたらふく食えばこうなるわな』、と誠一郎をチラ見した。
幸せそうにトンカツを頬張る誠一郎は、一瞬、天使の様に見えてしまう。これから誠一郎を待ち受ける事態を考えると、留子は少し罪悪感を覚え、箸を止めてしまった。
30年前に起こった、仲の良い夫婦を切り裂いた事件。一方はヴァンパイアとなり、もう一方はヴァンパイアハンターとなった。それが吉村と藤内なのだ。
今日の吉村の件は、いずれ藤内にも言わなければいけない事だろう。だが、事態は大きく変化しつつある。
吉村の親であり、藤内を噛んだヴァンパイア。通称『T』、現段階で確認されている唯一のAランクヴァンパイアだ。
その『T』が次の日曜、日本にやってくる。それに対する戦力として、春川と同期ではあるが、腕利きの二人をすでに手配している。だが、まだ不安は拭えない。
まてよ、そういえば……春川と瑠奈のデートも次の日曜だった。春川には悪いが、デートは諦めてもらうしかない……が。
瑠奈の横顔を見ると、また少し罪悪感が湧き出てくるのだった。