22時のハプニング、丸山田 誠一郎
突然、ノックもせずに勢いよくドアを開け、春川が医務室に侵入してきた。何故か、匍匐前進で誠一郎のベッドまで這いずりまわり、周囲を探索している。
「マルちゃんマルちゃん! このへんにオレの携帯落ちてなかった?」
ベッドの下に潜り込んだのか、春川の声が誠一郎の真下から聞こえてくる。
「ああ、うん。ここにあるんだけど……」
ベッドを突き破った春川の手が、携帯を握り締めていた誠一郎の手をがっしりと掴む。
「みつけたあああああ!」
「痛い、痛いよ春川くん!」
誠一郎の手から携帯をもぎ取ると、ベッドの下で愛娘瑠奈と同姓同名の、声までそっくりさんに電話をかけた。
「やっほー! るーちゃん、ご無沙汰! 23分34秒ぶりだね! え? オレが浮気? んなわけないっしょ! きっと幻聴だよ、空耳だよ。そんなの気にしちゃだーめ!」
どうにも居辛い空気だったので、上着を着込み、部屋の外へ出た。
「おう、丸山田。もう大丈夫なのか?」
ドアを開けてすぐ留子が話しかけてきた。
「はあ、思ったより傷は大した事無いみたいで、もう帰っても大丈夫そうです」
「そうか、それじゃそろそろ帰るか。私も一応塾に行ってる事にしているんだが、そろそろ帰らないとまずい時間だろ?」
時計を見れば、午後十時をまわっている。
「でも師匠。その……その格好で帰るのはまずいんじゃ……」
吉村に裂かれたスカートはそのままだったので、今一緒に並んで帰ったら警官に職務質問され、誠一郎は社会的に死ぬだろう。
「国家権力なんざ怖がってどうするんだ。やばくなったら股間を蹴り上げて逃げればいいんだよ」
それでは余計に罪を重ねることになる。というか、誠一郎では足のリーチが短すぎて届かないのだが。
「田中さん、そうではなくて年頃の女の子的に、それはマズイんじゃないかとマルちゃんは心配してるんです」
藤内がフジタニの女子制服を抱え、階段を降りてきたところだった。
「まあ、お前が言うこともわかるが……なんでウチの制服なんだよ、他に無いのか?」
「後は春川くんが作った魔法少女の衣装と、スクール水着くらいしか……」
「なら、それでいいよ」
留子は渋々、フジタニの女子制服を受け取ると、その場で着替え始めた。
「ブーッ!」
突然のハプニングに誠一郎は微量の嬉しさと、気まずさがブレンドされた感情を口から吐き出した。決して先祖返りしたわけではない。
上着のボタンを外し終わった留子が訝しげに尋ねた。
「なんだ、ブタごっこならよそでやれ」
「いや、師匠ここで着替えなくても……」
「嫌だ、めんどくさい。お前がどっかいけ」
子供の様なやりとりの末、結局誠一郎は外で待つ事にしたのだった。