鈍すぎるにも程がある、丸山田 誠一郎
「トメちゃん~、えへへへ」
声のした方向には、不気味にニヤ付いた春川がいた。
「何だ気色悪い、ひねり潰すぞ」
「んもう、あの時の約束……まさか忘れてないよね!? オレの下のステークもお手入れお願いシマスよ~」
「約束? ああ、気持ちイイ事か。ていうかお前、倒せて無いだろ?」
春川は地面に寝転び、ダダをこね始めた。
「やだやだやだやだ! トメちゃんの噓つき! 二度と口きいてあげないからねっ!」
そのほうがむしろ助かるのだが、うっとうしいので留子は諦めた。空になっていた弾を詰め、引き金を引く。寝転がっていた春川のズボンに命中し、二つ目の穴ができた。
「どうだ? 気持ちイイか? 何なら、もう2,3発いっとくか?」
春川はズボンに開いた穴を見て、少し涙目になって叫んだ。
「ちょっとちょっとちょっと! 本日二度目ですわよ! トメちゃんのバカ! いいもん、るーちゃんに癒してもらうもん」
春川は携帯を取り出そうとするが、なかなか見つからない。
「あれ? あれ? あれ??」
「どっかに落としたんじゃないのか?」
「ちゃんと胸ポケットに入れておいたのに……どこいったんだ!?」
******
流行の女性アーティストの着メロで、誠一郎の意識は覚醒した。
幸い、傷はたいしたことがなく、藤内の調合した薬で傷はみるみる癒え、すぐにでも動けそうだった。
春川と違い、藤内は全ての検定の2級を取得しているらしく、薬品生成の腕の方も確かなようだ。
「うるさいなあ」
着メロは一向にやむ気配が無く、しかたなくその発生源である携帯を拾い上げてみた。ディスプレイには『MY ANGEL るーちゃん』と表示されている。
「これ、春川くんのじゃないか。しょうがないなあ」
代わりに出て、説明しておいてあげよう、誠一郎は思った。
『せんぱーい! 電話出るの遅いですぅ~、もしかしてご飯食べてましたぁ?』
どこかで聞いた声だ、だが、どこで聞いたのかは思い出せない。声からして、若い女の子だというのは解るが、前の会社の子だろうか?
「もしもし?」
『あれ? これ、春川優人さんの番号ですよね? 私、間違えちゃいました?』
先ほどの猫なで声と打って変り、別人の様な声で彼女はうっとうしそうに尋ねてきた。
「いや、春川君が部屋に電話を忘れていったみたいだから、代わりに取っただけなんだけど……」
しばしの沈黙。
『あなた、先輩の何なんですか!? なんか今日は先輩の様子がおかしいと思ってたけど、急に蹴り飛ばされたり友達がピンチだからって勝手に切っちゃうし……まさか、浮気なの!? 許せない、あんたなんかに先輩は渡さないんだからっ!』
恐るべき勘違いをしているようだ。
「いや、僕、男だし、君の先輩に興味はないから……」
『男!? 先輩、そんな趣味があったんだ……でも、天使のような先輩なら、老若男女地球外生物問わず愛されちゃうから、仕方が無いわね……』
仕方が無いのか。
それよりも春川が天使というのなら、堕天使ルシフェルがぴったりのイメージだろう。
『とにかく、あなたは敵よ! あたしは丸山田 瑠奈! あなたの事は、絶対に許さないから!』
一方的に通話が終了した。
「まさか……」
瑠奈と同じ高校の制服を着ていた春川。
そして、今の電話の声。
極めつけは、最後に名乗った丸山田 瑠奈という名前。
――謎は全て解けた。
同姓同名のそっくりさんだ。