激動の研修初日お疲れ様、丸山田 誠一郎
――終った。
吉村は再び大きな風穴を空けられ、地面に倒れこんでいる。起き上がる気配は、ない。
留子はお茶のペットボトルを懐から取り出し、吉村に向かって歩き出した。
だが、けたたましいサイレンの音が留子の足を止める。
「まずいな、タイムオーバーか。さすがにトイレがあの様じゃ、ここに長居し続けると面倒だ」
「そりゃこんだけドンパチやれば、流石に通報されちゃうよね……」
「だが、吉村を野放しにしておく事もできない。藤内には悪いが聖水をかけて――」
少し目を離した瞬間、それが大きな失態だった。視界に3匹のノーランクヴァンパイア、吉村の子供達が目に入った。
ニ世代間同士のヴァンパイアなら、その血を相手に捧げ、再生速度を回復させることが出来る。 しかし、吉村の受けたダメージは余程深刻だったのか、一心不乱に子供達の血を飲み干してしまい、子供達は灰になって消えた。
迂闊すぎた……ノーランクヴァンパイアの存在を忘れていたどころか、あまつさえ、吉村の回復をも許してしまうとは。
吉村は灰になった我が子等を愛しそうに胸に抱いていた。吉村としても、それは不本意なことだったのだろう。
「ちょっとちょっとちょっと! Cランクってのはどんだけチートなんだよ!」
春川は一歩前に出るが、留子がそれを制する。
「行くぞ、春川。もう時間が無い、丸山田を連れて帰るんだ」
走り去る留子達の背中に吉村は呟いた。
「次の日曜……私達の父上が来日されます。それまで私は行動を起こすつもりはありません。今日は様子見のつもりだったのですが……ついつい、はしゃぎすぎてしまいました。今度の日曜を楽しみにしていてください、それでは……」
背後で何かが飛び立つ音が聞こえ、吉村の気配が消えた。
その後、無事に誠一郎を事務所に運び終えた2人は、誠一郎の手当てを藤内に任せ、春川はステークの手入れを、留子は一人、食堂で考え事をしていた。
「『父上』……あいつが来るのか、それも今度の日曜に……」
吉村の親であり、留子が相対した最強の敵。
――Aランクヴァンパイア。
留子は携帯を取り出すと電話をかけた。
「私だ、緊急事態が発生してな。すまんが至急、明日からこちらに来てくれないか? ああ、そうだ、頼む。では、よろしくな」
今ここの戦力では心許ない。 かといって、大量の戦力を集めればその分、穴を開けてしまう。ならば、少数精鋭で行くしかない。
留子は通話を終えると、誠一郎の様子を見るため、医務室へ向かった。