地獄門開く、丸山田 誠一郎
「丸山田さん……あなたは、やはり……」
吉村を右手で掴むと、そのままボーリングの玉を放り投げるようにトイレの壁まで引きづり、叩きつけた。その反動でトイレはあっけなく崩れ落ち、瓦礫の山と化す。
「おい、マルちゃんどうしちゃったのよ!」
春川の腕が誠一郎の肩を掴んだ。 振り向いた誠一郎は、いつも通りの冴えない52歳の中年男であった。
「ああ、春川くん大丈夫だったかい?」
「あーうん、ごめんねー。そう、勘違いなの! わかってくれた!? よかったよかった……んで――」
春川はまた彼女と電話していた。
「うん、またねー。悪い、マルちゃん何か言ってたっけ? いや、リア充はつらいわよ。って、マルちゃんには関係ないか、キャハハ」
トイレの壁に叩き付けるのは春川のほうがよかったかもしれない。
「やはりあなたは面白い人だ、丸山田さん。田中 留子があなたをヴァンパイアハンターに引き入れたのも頷ける」
瓦礫の中から吉村がむくりと起き上がり、ホコリをぽんぽんとはたいた。
無傷――。
「ステークで貫かれた上に、今の攻撃……。そろそろケリを付けないと、私もまずいですかね。録り貯めしているトラエモンもまだ見ていないのに、まだ滅せられるわけにはいきませんよ」
ゆっくりと吉村がこちらへと歩いてくる。誠一郎はすぐに体勢を整えようとするが、足に力が入らない。気が付けば小さな赤い池が地面を濡らしており、その源泉というのが自分の4段腹だというのだから、驚きのあまり声を出せず、その場にへたり込んでしまった。
「おい、マルちゃん。お漏らしか? ……って真っ赤じゃん! トマトの食いすぎとかじゃ……ねえよな?」
「アホ! さっきお前をかばった時だろう。すぐに丸山田を連れて事務所に戻れ。後は私がなんとかする!」
だが、春川には留子の言葉が届いていない様子だった。
突然、この場の空気に場違いなメロディーが流れ、吉村は足を止めた。
発信源は春川の携帯で、ディスプレイには『MY ANGEL るーちゃん』と表示されている。
「もしもし、るーちゃん? 悪い、今立て込んでるんだわ。ツレが超絶ピンチでね。後で掛け直すから、それじゃね」
春川は携帯の電源をオフにし、胸ポケットにしまいこんだ。
「バカだぜ、マルちゃん。オレなんかかばって、こんな大怪我しやがってよ。ちょっちガマンしててくれよ。あいつブッ倒したら、すぐ手当てするからよ、それまでこれでもくわえてな」
ちくわを1本取り出し、地獄門の様な誠一郎の口に差し込んだ。
その時の春川の顔は暗闇でよく見えなかったが、唇を噛んでいたのだけは分かる。
「おい、春川! お前聞いてるのか! 早く丸山田を連れて逃げろ!」
「トメちゃんの小鳥のさえずりみたいな声を、オレの耳が聞き逃すわけないっしょ。ヨッシー無傷っぽいけど、オレの肩への打ち込みと、トメちゃんの足への狙撃。それとマルちゃんのさっきの攻撃で、再生速度がガタ落ちだ。そうだろ、ヨッシー?」
吉村は図星だったのか、返事を返す代わりに一歩後ずさった。
春川は勝利を確信し、ステークを構え一気に踏み込んだ。
「あのバカ野郎が……!」
春川を援護するため、留子は吉村に向かって、二つの銃口からたて続けに四発の銃弾を放った。
空になったマガジンを地面に捨てる音と、吉村が貫かれた音はほぼ同時に春川の耳に入る。
「捕まえたぜ! ヴァンパイアのおっさん!」
吉村の背中に銀色の翼が生えたかのように、ステークが深々と貫通していた。
「――!?」
「オレのモットーは地球と女の子に優しく、ヤローとヴァンパイアに厳しく、オレの仲間を傷つけた奴にはなお厳しく! あんたにゃトリプルで厳しく……行くぜ!」