トイレの個室は最後の砦、丸山田 誠一郎
「それを聞いて安心しましたよ、でもまずは田中 留子。あなたからです。30年前のあの時の様には行きませんよ? 今日は私も本気で行きます」
ステークを足元に放り投げ、吉村は穴の空いたスーツとワイシャツを脱ぎ、ボディービルダーの様な逞しい肉体を現す。Dカップはありそうな大胸筋を震わせ、静かに目を閉じた。
「お前、男のクセにデカパイだな。激しくムカツクぞ」
留子は平らな胸を張り、二丁の銃を構え、デカパイに狙いをつける。
吉村は一体何をするつもりなのだろうか?
「師匠! 今の内に攻撃したほうがいいんじゃないですか?」
「アホ! それじゃ面白くない。何をする気か知らんが、待ってやるのがお約束だろ?」
周辺を包んでいた空気が変化し、吉村が閉じていた目を開いた。開かれた吉村の目は驚くほど冷たく、瞳孔は血に染まったように紅く変色していた。そこにはトラエモン愛好家の面影はすでにない。
負と呼べる全ての感情を詰め込んだように黒く変色した皮膚。禍々しくも数10cmはあろうかという、鋭い爪。 それはすでにヒトと呼べるものではなかった。これがヴァンパイアの真の姿だとでもいうのだろうか。
「吉村さん……あなた、本当に……」
本当にこんな化け物に勝てるのだろうか? 誠一郎は一歩後退りし、いつでも逃げれる体勢に移った。逃げるとしたら、トイレの個室だな。
などと考えている間に、吉村だったモノが吼えた。
誠一郎は心臓をわし掴みにされたように一歩も動けない。今の吉村は誠一郎にとって……死の塊その物のように見えたからだ。誠一郎が気が付いた時にはすでに戦いは始まっていた。
先手を打つべく吉村が動き出す。俊敏な動きで留子の放った銃弾をかわし、爪を振りかざした。
留子はそれをかわすと、屋根の上から飛び降り、地上から吉村を撃つ。
放たれた銃弾は吉村の左胸に直撃したようだが、恐るべき速度で傷口が塞がり、致命傷にはならなかった。
「こいつの火力じゃラチがあかないな。対戦車ライフルでも、持ってくるべきだったか……」
再び吉村の爪が留子に襲い掛かる。留子は回避するべく体を動かそうとしたのだが、スカートが柵に引っかかり、一瞬動きを止めてしまう。
「クソ、こんなヒラヒラしたもん、穿くんじゃなかった!」
布の破ける音と、柵が砕ける音が公園に響いた。