ご近所突き合い、丸山田 誠一郎
吉村の右手が誠一郎の首を掴み、芝生の上に投げつける。
「想像以上に重いですね、丸山田さん。一体何kgあるんです、ダイエットをお勧めしますよ?」
突然の出来事に誠一郎は戸惑う。目の前にはきれいな星空が広がっており、誠一郎を見下ろしていた。
「吉村さん……あれ? なんで芝生で寝てるんだろう、ご一緒にどうですか? 芝生で星空を見上げるのもオツなもんですよ」
誠一郎を包む脂肪の鎧が衝撃を100%カットしたようで、ダメージはやはり皆無だった。
「丸山田さん……面白い人ですね。ヴァンパイアハンターでさえなければ、酒でも一緒にやりたいところなんですが……ヴァンパイアは『親』の命令には逆らえないんですよ」
吉村は深くため息を付くと、目を閉じた。
「この身になって『30年』……私も、数々の駆け出しヴァンパイアハンターを手にかけてきましたが、ご近所さんを手にかけるのは初めてのことなんです」
「吉村さん……冗談でしょう?」
吉村はアニメの見すぎなのだろうか、ちゅうに病という単語を思い出す前に、吉村の犬歯……いいや、牙が闇夜の中で白く光った事で、ようやく理解できた。
吉村はヴァンパイア――。
朝、ゴミを捨てに行くとたまたま吉村と出会い、話す機会があったのだが、聞き上手で色々と世間話もしたし、今時の若者にしては珍しく、礼儀正しく好感を持てた。
……日は浅いとはいえ、吉村は顔なじみだ。見知らぬ人間ならいざ知らず、知り合いと戦えるのか?
それにおそらく、吉村はナビに表示されていたEランクだ。だとすれば今の自分のかなう相手ではない、春川を呼ばなくては……。
「だから丸山田さん、あなたにはチャンスを与えたい。ヴァンパイアハンターになったばかりのあなたなら、もう一度ヴァンパイアになれるチャンスがある。私に噛まれ、私の子になるのです。そうすればあなたの命は助けられる。私の『親』も本当はそれを望んでいます」
吉村は優しく誠一郎に手を差し伸べた。
「マルちゃん、伏せろ!」
吉村が手を差し伸べたままのポーズで、銀色の槍に貫かれている。後ろを見れば、春川がステークを構え、勝ち誇った笑みを浮べていた。
「お仲間ですか……いい、突きですね。これほどの杭打ち士に出会ったのは……始めて……です」
「それじゃ、これ以上の打ち手にゃ会うことはねえだろ。これで終わりだかんな!」
春川がステークを空に向け、火薬が炸裂する。
吉村は煙に包まれ地面に叩き付けられた。
「よっしゃあ、ボーナスゲット! こりゃ日曜のデートは派手にイケそうだな。るーちゃん、待っててね! 夜は君と二人で……キャハハ」
春川の馬鹿笑いが周囲にこだまする。
「あ、ようやくアップデート終わったのか」
VHナビが最新状態になったので、起動してみる。
「このスーツ……気に入ってたんですがね。キレイに穴あいちゃってますよ、参りましたね……はは」
吉村の腹に空いた大きな穴はみるみる塞がっていき、穴の空いたジャケットとワイシャツ以外は外傷と呼べるものは何もなかった。
誠一郎がVHナビに目をやると、Cのマークが大きく表示されていた。