カロリーは気にしない、丸山田 誠一郎
「何で帰ってきたの」
帰宅後、誠一郎が聞いた第一声は愛する娘、瑠奈のこの一言だった。
遺伝子の不思議を感じざるを得ない程、誠一郎と瑠奈は似ていない。
子供のころ冗談で『川から拾ってきた』と言えば、瑠奈は大喜びで『本当のパパに会いたい』などとはしゃいだ事がある。
妻の遺伝子を強く受け継いだために、高校1年生とは思えないくらい、大きく熟した果実を胸に抱き、細身でありながら身長は167cmと高い。業界関係者を名乗る男からスカウトの話が来たこともあるが、門前で追い返してやった。それほどにまで瑠奈は美しく成長してくれたのだが、誠一郎との親子関係は険悪であった。
「瑠奈、ママはまだ帰ってないのか?」
制服姿のままソファに寝転がり、肩まで伸びた長い髪を右手で弄びながら、瑠奈はファッション雑誌を夢中で読みふけっている。
辛抱強く待ち続けていると、ようやくうっとうしそうな声で、瑠奈は返事をしてくれた。
「パート。残業じゃないの?」
時計を見ると、すでに午後9時をまわっている。こんな時間まで残業はおかしい、また男ができたのだろうか。
「それよりさあ、あたしお腹空いて死にそうなんですけど? 早くご飯作ってよ」
瑠奈に言われ、誠一郎はスーパーの袋から半額シールの張られたパックを取り出した。
「ちょっと、まさかまたカレー?」
瑠奈がパックをブン取るとかわいらしい顔が恐ろしい顔になった。この時の顔は、本当に怒った時の母親の顔に、よく似ているのだ。
「パパのできる料理はコレしかないから……」
誠一郎唯一の得意料理がカレーである。
「カレーってすっごくカロリー高いんですけど~。あたし、親父みたいになりたくないし」
誠一郎の腹部を見つめ吐き捨てるようにそう言うと、カップラーメンを手に取った。
「まだこっちの方がマシ」
掛ける言葉もなく、瑠奈が封を破る。さらに当てつけるかのように、ポットを誠一郎の前に持ち出しお湯を注ぎ込んだ。
立ち上った湯気が誠一郎のメガネを曇らせる。
俺は何をやっているんだろう。会社でクビにされ、娘にナメられ、嫁は帰ってこない。
誠一郎はカップラーメンの匂いで一杯になったリビングを抜け出し、近所の公園に向かった。その大きな背中は小さく丸まっており、とぼとぼと歩く様はより悲壮さが際立っていた。