娘に甘い、丸山田 誠一郎
「実はパパ、スーパーフジタニの社長に、ヘッドハンティングされたんだ」
書斎に妻と娘を呼び出し、誠一郎が事のあらましの説明を始めた。
まんま、『会社クビになったから、明日からヴァンパイアハンターなるね』とは言えず、『スーパーフジタニの社長に優秀な人材だから』という理由で引き抜きにあった、という嘘をつく事にしたのだ。無論これは留子の入知恵なのだが。
「へっどはんてぃんぐ?」
母と娘は同時に首を傾げた。普段から仲の良い姉妹と間違われる二人らしく、見事に動きがシンクロする。
「オヤジ、そのスーパーの社長に頭……撃たれたの?」
「日本も物騒になったのね……」
二人の頭の中には、誠一郎が野生のイノシシと間違えられ、山中でスーパーフジタニの社長にライフルで頭部を狙撃されたという、間違ったイメージが湧き出ていた。実際にありそうな話ではあるが……。
「いや、パパが仕事でたまたま、スーパーフジタニの社長とお会いする機会があってね、それが縁で『優秀な人材』だからって事で、引き抜きにあったんだよ」
二人は同時に『あ~、なるほどなるほど』という風にガッテンしてくれた。
「でも、オヤジが『優秀な人材』ねえ……それ別の丸山田さんじゃないの? もしかして、そっちがあたしの本当のパパだったりして!」
まだ、瑠奈にとって誠一郎は未だ『橋の下で拾ってくれた育ての親』らしい。
「でも、お給料は大丈夫なの? それにそんなうまい話が本当にあるのかしら?」
――そう来ると思った。
「大丈夫だよ。すでにパパは重役の方々にも信頼されているからね。海外出張になった、ららちゃんのお父さんはフジタニの専務さんなんだ。給料も今の倍出るって言うから大丈夫だよ」
留子が色々と作戦を練ってくれたので助かる。
50を過ぎた男が、大企業フジタニにヘッドハンティングされるなんて、『優秀な人材』でもなければ夢のような話だ。夢を信用させるだけの材料が必要になる……それが架空の専務の娘『高城 らら』というわけだ。
「ずっと黙ってたんだけど、二人を驚かせたくてね。明日から早速、近くの店舗で研修を受けることになった。ママ、お弁当頼むよ、大盛りでね」
「わかったわ。特盛りで用意しておくわね」
ケンカ中であった事も忘れ、美雪は上機嫌で1階の台所へ向かった。
やはり給料が倍になるという魔法の言葉が効いたようだ。……明日から頑張らなければ! 誠一郎は決意を新たに奮起した。
「ねー『パパ』」
瑠奈が猫なで声で、熟練のアサシンの様に誠一郎の背後に忍び寄り、誠一郎の首を音も無く切り落とす――わけではなく、優しい手つきで肩に手をかけた。
「あたし、新しい参考書買いたいんだけど、もうお小遣い無いんだぁ」
ゆっくりと、しかし確実に、誠一郎の肩を揉み解す。
瑠奈にはマッサージの才能があるのではないか――。久しぶりに感じた娘からの愛情に、パパもう涙目だった。愛情への対価を渡すと、瑠奈はさっさと隣の自分の部屋に引っ込んでしまう。
『ららちゃーん、一緒にお風呂はいろっか!』
瑠奈の部屋で留子は隣室の様子をうかがいつつ、韓流ドラマのDVDを鑑賞していた。ハンカチを口にくわえ、なんとか感情を押さえ込もうと必至になっているが、溢れ出る涙を止めることはできず、カーペットにいくらか濡れた跡があった。
一人わんわん泣く留子を瑠奈が発見し、よしよしと瑠奈は姉の様にあやしている。二人は姉妹のようにすっかり仲良しになったようだ。どちらが姉であるのかは置いておくとして……。