主人公不在のラストバトル、丸山田 誠一郎
「あれ? マルちゃん!? 何でここにいるんだ……」
春川の言葉などまるで聞こえていないかのように、聖一郎は痛そうに穴の空いた4段腹をさすった。さすった途端、穴がみるみる塞がり、にっこりと笑顔になる。
「そいつが、『T』……田中 聖一郎……私の……父だ」
留子はよろめきながら立ち上がり、春川の目を見る。
「トライデントを使えるようになったか……私の読みは正しかった。お前は優秀な生徒だよ、春川」
フ。と笑みを浮かべ留子は銃を二丁引き抜き構える。
「個人授業の次は、共同作業だ。こいつを狩るぞ、春川。何の遠慮も要らない……こいつはヴァンパイアであってそれ以上でもそれ以下でも無い……ただの……敵だ」
「マジかよ……トメちゃんの……。へへ。まさか『T』がマルちゃんそっくりだと思わなかったぜ。その上、トメちゃんのお父様だ。ここはしっかり、挨拶しとかなきゃな」
春川は突撃する。トライデントを肩に担いだまま、聖一郎との距離を詰める。
「何だ~君は? そうか、留子のお友達だね。いいよ、一緒に遊ぼう」
聖一郎は笑顔のままの春川に右手を伸ばす。右手が春川の体をつかみかけた時、春川は聖一郎の肩を足場にし、薄くなりかけた頭を踏みつけて、上空へ逃れる。
「だめだ、春川! 避けろ!」
だが、留子はすぐに聖一郎の次の攻撃手段に気が付いて、悲痛な叫び声を上げた。
「え?」
地上の聖一郎がにっこりと微笑む。その微笑は心穏やかで、とても戦闘中とは思えない。優しい笑顔。ふいにその口が開き、そこから光の柱が立ち上った。
「はぁ!? 何だよそれ!」
聖一郎の口から、高エネルギーの塊が放出される。空中の春川はド肝を抜かれ、単なる的になりさがった。
「チ!」
留子は引き金を引いて、聖一郎の膝を狙う。膝を撃たれた聖一郎は前のめりに倒れ、ビームは目の前のジェットコースターのレールを溶かした。
「うそ!? あんなの食らったらオレ、こんがりローストイケメンじゃん!」
無事に着地し、留子の隣に立つと、もくもくとジェットコースターから立ち上る煙を目撃して、春川はちびりかけた。正直、あのジェットコースター『ヘブンズドア』に乗った時よりも数千倍怖い。
「アホ、灰になってローストどころじゃない。迂闊に飛ぶな。あれで焼かれるぞ」
「お、おうよ。けど、無茶苦茶だぜ。これがAランクかよ……小泉の爺さんもアレだったけど、もう何でもアリだよな」
聖一郎は膝の再生を瞬時に行い、むくりと立ち上がる。その顔は、不気味なまでに笑顔であった。
「仕方が無い……。私が囮になる。その隙にトライデントを叩き込め」
「いや、トメちゃん。今度アレ食らったら、さすがに入院じゃすまねーぜ。こんがりローストトメちゃんの出来上がりだ。もうちょっと粘って、皆がここにくるの待とうぜ」
ふいに背後で足音がして、春川は振り返った。
「もう、インコちゃんってば遅い! なにやってた……の」
春川の期待は裏切られる。そこに立っていたのは、加奈子ちゃんビームを今にも照射しそうな印藤ではなかった。
「あいつなら死んだわよ。急に電池が切れたみたいに動かなくなって……フフ。いい気味。お父様と一緒に私もお前達と遊んであげるわ」
エリーだった。エリーが歪んだ笑みを振りまいてそこに立っていた。
「インコちゃんが……?」
「あいつ、ヘンなクスリを二本も飲んでたわ。それが原因かしら? 本当にバカな子」
「印藤の奴……一日に二本も使ったのか……春川。エリーはお前に任せる。こっちは私がなんとかする……頼むぞ。印藤の仇を……取ってやれ」
「トメちゃんまで……そんなバカな事言うなよ。あのインコちゃんが……地獄の鬼も泣いて土下座するインコちゃんが……そう簡単に……」
「くたばるわけねえだろ! 勝手に殺してんじゃねえ……加奈子ちゃんは不滅だ」
懐かしいその声に、春川は視線を傾ける。すると、印藤が藤内の肩を借りてエリーのさらに後ろに立っていた。エリーがそれに気付いて後ろに振り向く。
「あんた……確かに心臓が止まっていたじゃない……何で生きてるのよ……」
「天国で死んだ俺のじいちゃんが、アルゼンチンバックブリーカーで追い返してくれて助かったぜ。どうやら今、あの世じゃプロレスが流行ってるみたいだな」
「あんたのお爺様、えらいマニアックね」
春川は以前印藤の家に遊びに行った時に見た、印藤 剛三(享年96歳)が紋付はかま姿でお花畑を背に、アルゼンチンバックブリーカーをかます姿を想像する。あのおじいちゃんならやりそうだ。
「吉村は大地に還りました……後は、あなた達だけです」
エリーは藤内の言葉で、心臓を射抜かれたように膝から崩れ落ちる。その瞳には大粒の涙があふれ返っており、エリーにとって吉村も大切な家族であったことを思い知らせた。当の本人……吉村の本意は彼女と同じであったかどうかは、今となっては誰にも解らない。
「いやよ、ミツヒコ……アーノルドも……どうしてお前たちは私から家族を奪うの!? 許せない、お前たちは許せない」
激昂するエリーの肩にそっと優しく聖一郎が手を掛ける。
「エリー。大丈夫だよ。もっと素晴らしい家族をお前にあげよう。そのために、お父様のお願いを聞いてくれるかな?」
「お父様……はい! お父様の為ならば、こんな奴ら、私一人で!」
優しい聖一郎の笑顔。
「そうじゃないんだよ、エリー」
「え?」
なおも優しい聖一郎の笑顔にエリーは戸惑う。
「お前の血をお父様におくれ、全部。あの男の子の攻撃で体がすっごく痛いんだ……さあ、早く。お前の代わりなんていくらでも作れるんだから、ね?」
エリーは凍りついた。命を捧げる覚悟はあった。しかし――こうもあっさりと……自分の命を軽んじられるとは思っていなかった。
『自分だけは特別』。代わりなんていないし、いさせやしない。いつまでも自分を見ていて欲しかった。それなのに……。
だから、思わず後ずさってしまった。無意識に引いた一歩。それが聖一郎には反逆と取られてしまった。
「どうして逃げるんだい、エリー? わかった、嫌なんだね。そうかそうか、仕方ないね」
「いえ、決して……そんな事は……!」
なおも笑顔の聖一郎。笑顔であるにもかかわらず、それが邪気に満ち満ちていたのは、その場の誰もが感じたことだろう。
「いいんだよ。もう、お前はいらない。僕には留子がいればそれでいいからね。お前は単なるスペアだし」
『スペア』。『留子がいればそれでいい』。エリーは呆然とする。弟を失った怒りや憎しみよりも、捨てられる恐怖がそれを勝った。
「言う事を聞かない悪い子はお仕置きだ。うん、それがいい。そうしよう。留子に新しいお人形さんを買ってきたけど、『こっちのおもちゃ』の方がきっと喜んでくれるね、うんうん」
エリーは動けなかった。すでに聖一郎にとって自分は家族どころではなく、単なる物になってしまっている。その受け入れがたい現実がエリーの心を粉々に砕いた。
聖一郎の手がエリーの首筋に添えられる。その手に、悲しみの雫が一滴こぼれ落ちた。
「オレのモットーは地球と女の子に優しく、ヴァンパイアに厳しく! なんだけど……見てられねーな」
水分で満ちていたエリーの瞳に、春川のトライデントが聖一郎の腹を横から貫き、三つの風穴を空ける光景がうっすらと映った。破砕音とともにエリーは爆風の中を転がる。
春川は倒れたエリーの前に立ち、ブタの丸焼きがごとく突っ伏していた聖一郎を睨みつける。
「ヴァンパイアハンター……どうして私を?」
背後のエリーが驚きを隠せず、春川の背に問い掛ける。
「知らねーのか? オレは世界中の女の子の味方なんだよ」
「あんた……サムいわね。そのセリフ、後ろの俺っ娘ツインテールにも、どうせ同じこと言ってるんでしょ?」
「ありゃ、バレた。理由はもちろん、嘘だぜ? せっかくダメージ与えてるのに、回復されたら厄介だからな」
「そう、嘘なのね……私の事、守ってくるのかと誤解しちゃったわ。ダメね……私って誰かにすがらないと生きていけないみたい」
エリーの覇気のない声に春川は一瞬戸惑ったが、起き上がった聖一郎に気付いてすぐにもう一撃を加えるため、駆け出した。
印藤もそれに続く。藤内は刃のみとなった剣を再び上着にくるんで握りなおし、聖一郎との間合いを詰める。
「行くぞ、お前ら。『T』をここで潰す。こいつは悪魔だ、遠慮するな」
留子の放った二発の銃弾が、聖一郎の頭部に直撃した。