はばたけ、丸山田 誠一郎
「丸山田君。君、明日からこなくていいから」
突然のリストラ、上司の渡辺はあっさりと言い放った。
良心の呵責に苛まれるでもなく、まるで食べ終えたコンビニ弁当をゴミ箱に捨てるように。
あっさりと。
この男。丸山田 誠一郎がコンビニ弁当ならば、廃棄処分寸前の油物でひしめき合う幕の内弁当……といったところか。
スキがなく、高級そうなスーツをバッチリと着こなし、野心に満ちた顔付きの渡辺とは対照的に、地味なスーツに身を包み、丸々と太っていて、ずれたメガネを着用している誠一郎の姿は、まさにリストラ候補者ナンバーワンだった。
渡辺がブラインドを上げると、午後4時の日差しが誠一郎の目にナイフの様に差し込み、一瞬目を細めた。額からは興奮したためか、大量の脂汗が溶けたアイスの様に零れだしている。
「何故、私なんですか!?」
営業部のオフィスの片隅で、誠一郎は哀を叫んだ。
同期入社で国立大学を卒業した、エリート街道まっしぐらの渡辺と違い、誠一郎は高校卒業と同時にここ『立山物産』に入社した。窓際社員を地で行く誠一郎であったが、それでも33年間この会社に尽くしてきたのだ。
愛する家族の為に、怒鳴られようとも、取引先との接待で『あの女口説いて来い』と言われ、口説いたら、怖いお兄さんに1分ポッキリでアバラを2,3本ポッキリ折られたりと、様々な苦労に耐えてきた……にも関わらず、裏切られた気分になってしまう。
誠一郎が滝の様な汗を拭おうともせず、窓をじっと見つめていた渡辺に詰め寄る。
地球温暖化に絶賛貢献中の誠一郎が、半径3メートル以内にいれば気温が2,3度上がる。渡辺はそんな噂をふと思い出す。噂など気にもしない渡辺が、初めて噂の中にも真実はあるのだと、実感した瞬間である。
「何故なんです!? 私のどこがいけないんです!」
つばのシャワーが渡辺を襲った。せっかくのスーツがこれでは台無しだ。同じ50代とは思えない、一切白髪の無い、渡辺のオールバックに纏められた黒髪にも、それがかかっていた。
渡辺は苛立つ自分を抑え、『ポジティブシンキングに行こう、これは恵みの雨だ』と思うことにした。
「私に言われても困るよ、これは上の決定だからね」
恵みの雨をハンカチで拭い、脂ぎったシャワーヘッドに向かって冷たく言い放つ。
立派な4段腹を抱え、誠一郎がうずくまった。トドかセイウチか、もしくはカバのような鳴き声が聞こえてくる。
それを聞いた周りの社員が、何事か、と一斉に即席の擬似動物園に注目する。
いっそ、本当に動物園に転職したらどうかと、渡辺も勧めてみたくなった。
「家には……高校生の娘がいるんです。家のローンもまだ……。カミさんとはケンカして離婚寸前で……。そんな時にこんなビッグニュースは……。どうか、同期のよしみで……」
見かねた渡辺が誠一郎に掛けた言葉は慈愛に満ちた物だった。
「早く荷物をまとめて出て行きなさい」
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