タクシーで経験したゾッとする話
タクシーで経験したゾッとする話
あれは今から十年ほど前の、夏の蒸し暑い夜だった。
その日は給料日直後の金曜日。いわゆる「華金」というやつで、会社の飲み会も大いに盛り上がった。
普段なら終電を逃すようなことはないのだが、その日に限って羽目を外してしまい、気づいたときには電車の中だった。
慌てて降りた駅は、自宅の最寄り駅から二駅離れた場所。
田舎というほどではないが、地元の人間以外が利用することは少ない駅だった。
時計を見ると、すでに深夜。
翌日から連休だったので歩いて帰れない距離ではない。
しかし、酔いも回っているし、街灯の少ない夜道を一人で歩くのは正直気が進まなかった。
給料を下ろしたばかりで財布にも余裕がある。
仕方なくタクシーを使うことにした。
駅前のタクシー乗り場へ向かう。
人影は少なく、周囲は静まり返っている。
もしタクシーが待機していてくれたらありがたいのだが――そんなに都合よくはいかなかった。
乗り場には一台も停まっていない。
それどころか、十人ほどのサラリーマンが列を作っていた。
思わず絶望した。
とはいえ、終電後の金曜日だ。
タクシーも次々にやって来るだろう。
そう考え、暗い夜道を歩くよりはマシだと列の最後尾に並んだ。
しかし現実は甘くなかった。
待てど暮らせどタクシーが来ない。
十分。
二十分。
三十分。
「もう歩いた方が早いんじゃないか……」
そう思い始めた頃、ようやく一台のタクシーがやって来た。
黒い車体のタクシーだった。
先頭の男性が乗り込む。
やっと列が動くかと思った。
だが、なぜかドアが閉まらない。
数秒後、その男性は降りてきて後ろの人に順番を譲った。
二番目の男性が乗り込む。
しかし、その人もすぐに降りてくる。
三番目。
四番目。
五番目。
同じことが続く。
乗っては降りる。
乗っては降りる。
やがて列の人たちは、車内に頭だけ突っ込んで確認し、そのまま首を振って順番を譲るようになった。
なんだこれは。
酔っているせいかと思ったが、どう見ても異様な光景だった。
理由がわからないまま列は進み、ついに自分の番がやって来た。
恐る恐る車内へ顔を入れる。
すると運転手が大声で言った。
「現金しか使えないけど大丈夫?」
その瞬間、すべてを理解した。
「ああ、大丈夫です」
そう答えると、運転手は心底安心したような顔になった。
「よかった~。前のお兄ちゃんたち、みんなカードしか持ってないって言うんだよ」
なるほど。
今までの奇妙な光景の正体はそれだった。
キャッシュレス決済がまだ今ほど普及していない時代だったが、それでも給料日直後の飲み会帰り。
現金をほとんど使い切っていた人も多かったのだろう。
そのときばかりは、自分が現金を持っていたことに感謝した。
ドアが閉まり、ようやく出発――と思ったそのときだった。
運転手は窓を開け、列に並ぶサラリーマンたちへ向かって声を張り上げた。
「お兄ちゃんたち! この辺でクレカ使いたいなら白いタクシーを探しな!」
おお、親切な人だな。
そう思った。
しかし窓を閉めて車が動き出した直後。
運転手は小さく笑いながら呟いた。
「まあ、この時間は朝まで白タクなんか一台も来ねぇんだけどな」
一瞬、背筋がゾクリとした。
あの場に残されたサラリーマンたちは、その後どうしたのだろう。
朝まで待ったのか。
諦めて歩いたのか。
別の方法で帰ったのか。
それは今でもわからない。
ただ、十年経った今でも、あの運転手の言葉だけは妙にはっきり覚えている。
そして思い出すたびに、少しだけゾッとするのである。
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は私が実際に体験した、少しゾッとした話を書いてみました。
今から十年以上前の出来事ですが、あのときの光景は今でも鮮明に覚えています。
なぜ誰もタクシーに乗らないのか理解できず、列が少しずつ前へ進んでいく様子を見ていたときは本気で不思議でした。
そして理由がわかった瞬間は納得したのですが、その後の運転手さんの一言には思わず背筋が寒くなりました。
あの場に残されたサラリーマンの方々は無事に帰れたのでしょうか。
もしかしたら始発まで待ったのかもしれませんし、意外と現金を持っている人が後ろに並んでいて、すぐに帰れたのかもしれません。
真相はわかりませんが、今でも時々思い出してしまう出来事です。
皆さんも終電後の移動と現金の持ち忘れにはご注意を。
感想やコメントをいただけると励みになります。
それではまた次の話でお会いしましょう。




