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鬼柴田と忙しない姫 〜守護邸が燃えたので、柴田勝家の妻になりました〜  作者: まるちーるだ
鬼柴田と忙しない姫

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第十二話 私、今世でも結婚できなそうです

私、今世でも結婚できなそうです。


いや、前世で結婚していたわけではない。


令和社会人だった頃も、気づけば仕事と趣味と三國志に時間を吸われ、気づけば独身だった。


まあ、それはいい。


郭嘉は尊いし、司馬懿は良い。

諸葛亮におちょくられる司馬懿はもっと良い。


推しに時間を捧げた人生だったと思えば、悔いはない。


問題は、今世である。


戦国時代に転生した。


斯波家の姫に生まれた。


十八まで嫁げなかった。


守護邸が燃えた。


兄が死んだ。


甥二人を連れて柴田家に転がり込んだ。


そして、二年が経った。


私、二十歳になりました。


はい。


今世でも行き遅れです。


……いや、戦国時代の二十歳未婚は、わりと笑えない。


藤乃姫、完全に婚期を逃している。


しかも現在の立場が、なかなか説明しづらい。


元尾張守護家、斯波義統の妹。

斯波義銀と千若の叔母。

柴田家に預けられている姫。

於光様のもとで奥向きの帳面や文を手伝う人。

時々、炊事場で一品だけ料理を作る人。

義銀と千若の生活管理係。

柴田家の文官たちに筆算を教えた謎の女。


属性が多い。


多すぎる。


そして嫁ぎ先はない。


いや、正確には、話がまったくないわけではなかった。


一応、斯波家の姫である。


名だけなら高い。


名だけなら。


だが、その名の中身は、燃えた守護邸と、ほぼ織田家に保護されている遺児二人と、その叔母である。


扱いが難しい。


下手に嫁がせれば、斯波の名を利用される。

変な家に嫁げば、義銀や千若の立場にも影響する。

かといって、このまま柴田家に置き続けるのも、私の年齢的には微妙。


何より。


柴田家にいると、私の心臓に悪い。


なぜなら、勝家殿がいる。


あの柴田勝家である。


二年前、燃える守護邸から私たちを救い、義銀を一人前に扱い、千若を逃がし、足をくじいた私を片腕で馬に乗せた男。


無骨で。

無口で。

言葉が足りなくて。

でも、見ていないようでよく見ていて。


そして、普通にかっこいい。


これがよくない。


非常によくない。


なぜなら私は知っている。


柴田勝家は、後にお市の方と結婚する。


たぶん。


義務教育とざっくり戦国知識によれば、そうだったはずである。


お市の方。


織田信長の妹。


戦国屈指の美女。


浅井長政の妻となり、のちに柴田勝家と再婚する人。


つまり、勝家殿には将来的に超絶美人の姫君が来る予定なのだ。


はい、解散。


藤乃姫、勝ち目なし。


いや、勝ち負けではない。

そもそも勝負に出ていない。

出るべきではない。


勝家殿は恩人であり、後見人のような方であり、私たちの命を救ってくれた人である。


私はその恩を仇で返すわけにはいかない。


というか、史実のお市様の位置に割り込むとか、無理。


無理無理無理。


相手、お市様だぞ。


戦国美人ランキング上位常連みたいな人だぞ。


こちらは、米櫃の底を見続けて育った没落守護家の行き遅れ姫である。


勝てる要素、どこ?


しいて言えば、葱の活用法には自信があります。


いらない。


「藤乃姫」


「はいっ」


考え事をしていた私は、於光様の声で我に返った。


目の前には帳面。

横には於光様。

少し離れたところには、胃を押さえながら文を確認する八右衛門殿。


いつもの柴田家である。


「手が止まっておりますよ」


「あ、申し訳ございません」


「何を考えておいででした?」


「……自分の婚期について」


正直に言ってしまった。


於光様が、少しだけ目を瞬かせる。


八右衛門殿が、持っていた文を取り落としかけた。


「藤乃姫」


於光様が、にこりと笑う。


怖い。


「その話は、あとでゆっくりいたしましょうね」


「あ、いえ、深刻な話ではなく」


「あとで、ゆっくり、いたしましょうね」


「はい」


これは逃げられない。


私は静かに帳面へ視線を戻した。


仕事をしよう。


仕事は裏切らない。


数字は時々裏切るが、再計算すれば白状する。


二年前、私は柴田家で筆算を披露してしまった。


それからというもの、柴田家の帳面仕事は少しずつ変わった。


桁を揃える。

縦に足す。

繰り上げる。

引き算では借りる。

掛け算も、割り算も、少しずつ広めた。


最初は、八右衛門殿がものすごい勢いで食いついた。


次に文官たちが食いついた。


そして義銀と千若が当然のようにできるものだから、柴田家の文官たちは一時期、私たち三人を見る目が妙だった。


いや、そんな目で見ないでください。


これは令和の小学生が習うやつです。


とは言えないので、いまだに私は「守護邸の燃えた文書にあった気がします」で押し通している。


燃えた文書、便利。


ただし、そのたびに於光様と八右衛門殿が痛ましそうな顔をする。


違う。


違うんです。


誤魔化しているだけなんです。


でも、言えない。


非常に言えない。


そんなわけで、私は今や柴田家の奥向きで、帳面や文の下読みを手伝う役目を得ている。


ありがたい。


本当にありがたい。


掃除は止められる。

薪運びも止められる。

皿洗いも止められる。

葱を勝手に抜くのも止められる。


だが、帳面は止められない。


むしろ歓迎される。


仕事がある。


役目がある。


それだけで、私はかなり落ち着いた。


義銀も、この二年で大きく変わった。


十六になった義銀は、もうすっかり若武者の顔をするようになった。


朝は勝家殿のもとで槍を学び、昼は八右衛門殿や信長様のもとで学び、時には信長様の近くで戦や政の話を聞く。


信長様は、義銀をかなり面白がっている。


義銀もそれに応えようと、必死に学んでいる。


ただし、力みすぎると勝家殿に怒られる。


「肩に力が入りすぎだ」


「はい」


「折れるぞ」


「……はい」


このやり取りを、私は何度も見た。


勝家殿は、本当に義銀をよく見てくれている。


ありがたい。


ありがたいけれど、やっぱりかっこいい。


だから困る。


千若は八つになった。


相変わらず義銀の後ろをついて回る。


けれど、最近は於光様のもとで礼儀や読み書きも学び、義銀と一緒に計算もする。


そして時々、炊事場の葱を見て目を輝かせる。


「藤乃おば様、あれは抜いていい葱?」


「柴田家の葱だからだめ」


「じゃあ、許可を取ればいい?」


「……於光様に聞いてからね」


千若は賢くなった。


勝手に抜くのではなく、許可を取る方向に進化した。


かわいい。


とてもかわいい。


そんな柴田家の日々は、穏やかだった。


少なくとも、屋敷の中は。


けれど、外は違う。


織田家の中が、少しずつきな臭くなっていた。


信長様と、弟の信行様。


二年前、初めてお会いした時、私はこう思った。


ワイルド系兄貴。

プリンス系弟。


信長様は鋭く、強く、少し怖いくらいに人を見透かす。

信行様は真面目で、丁寧で、育ちのよい若君という印象だった。


その二人が、最近、目に見えて遠くなっている。


いや、本人たちが本当に憎み合っているのかは分からない。


でも、周囲がそうさせようとしている。


そんな気配がある。


「勘十郎様の御側に、妙な者が増えております」


八右衛門殿が、ある日、低い声で言った。


その場には、於光様と私がいた。


私は筆を止める。


「妙な者、とは」


於光様が尋ねる。


八右衛門殿は眉間を押さえた。


「兄君より、勘十郎様こそ織田家にふさわしい、と囁く者たちです」


ああ。


来た。


ついに来た。


背筋が冷えた。


私は戦国時代に詳しくない。


むしろ、私は三國志オタクであって、戦国オタクではない。


斯波家が歴史の中でどうなったのかなんて、正直まったく知らない。

尾張守護家と聞いても、最初に「終わり守護?」などと思った女である。


けれど。


知っていることもある。


織田信長には、弟との争いがあった。


信行。

あるいは信勝。


名前がどちらだったかは、正直あやふやだ。


でも、信長が弟を斬ったことは知っている。


そして、もう一つ。


柴田勝家は、その弟を支援していた。


そこまで思い出した瞬間、背筋が冷えた。


勝家殿が。


あの勝家殿が。


信長様の弟側につく。


その結果、どうなったのか。


私は細かく知らない。


ただ、信長が弟を斬ったという結末だけは知っている。


なら。


このまま進めば、信行様は死ぬ。


そして勝家殿は、信長様に敵対する側へ立つ。


最悪じゃん。


思わず、声に出そうになった。


駄目だ。


詳細は知らない。

年号も、流れも、誰が何を言ったのかも分からない。


そもそもこの世界は、もう私たちが柴田家にいる時点で、知っている歴史とは違っている。


でも、火種だけは見える。


信長様と信行様。


兄と弟。


その間に、誰かが薪を積んでいる。


「藤乃姫?」


於光様の声で、私ははっとした。


どうやら、顔に出ていたらしい。


「失礼いたしました」


「何か、思うところが?」


「……少し」


私は慎重に言葉を選んだ。


「信行様は、本当に信長様を討ちたいのでしょうか」


八右衛門殿が、目を細めた。


於光様も黙る。


私は続けた。


「それとも、そう言わされているのでしょうか」


空気が少し重くなった。


八右衛門殿が低く言う。


「それを見極めるのは、難しい」


「はい」


「ですが、見誤れば、血が流れます」


「……はい」


血が流れる。


その言葉が、重かった。


そこへ、勝家殿が戻ってきた。


いつものように、足音は重く、言葉は少ない。


「何の話だ」


八右衛門殿が一瞬、於光様を見る。


於光様は、静かに言った。


「勘十郎様の周囲が、きな臭くなっているという話です」


勝家殿の顔が、わずかに険しくなった。


勝家殿は、信行様に近い。


元々の立場からしても、おそらくそうなのだろう。


だからこそ、この話は重い。


「……そうか」


短い返事。


けれど、そこには迷いがあった。


私は、勝家殿を見た。


言うべきか迷った。


これは私が口を出すべき話ではない。


私は斯波家の姫で、柴田家に保護されている身で、織田家の内側に口を出す立場ではない。


でも。


この人は、史実では信長様の弟側についた。


その弟は、信長様に斬られた。


なら、この人もまた、危うい場所に立っている。


勝家殿を失いたくない。


そう思ってしまった。


恩人だから。


義銀を見てくれた人だから。


千若を助けてくれた人だから。


それだけではないと、もう自分でも分かっていた。


私は、勝家殿を失いたくない。


だから、口を開いた。


「勝家殿」


勝家殿がこちらを見る。


「本当に」


声が、少し震えた。


それでも言った。


「本当に、兄弟を仲違いさせてよろしいのですか」


部屋の空気が止まった。


八右衛門殿が息を呑む。

於光様は静かに私を見る。


勝家殿は、何も言わなかった。


けれど、その目がわずかに揺れた。


私は続ける。


「信行様が本当に信長様を憎んでおられるのなら、私には何も言えません。ですが、もし周囲にそう言わされているのなら」


義銀の姿が脳裏に浮かぶ。


千若を抱えて馬を走らせた義銀。

泣きながら兄にしがみついた千若。


「兄弟を争わせる者は、その兄弟のどちらの味方でもないと思います」


勝家殿は黙っていた。


長い沈黙だった。


やがて、勝家殿は低く言った。


「……勘十郎様は、優しすぎる」


それは、信行様への評価だった。


「故に、担がれる」


私は何も言えなかった。


勝家殿の声には、苦いものがあった。


於光様が静かに言う。


「勝家」


「分かっておる」


勝家殿は、短く答えた。


だが、その顔はまだ晴れない。


私は思った。


この二年、いろいろなことが変わった。


義銀は信長様に学び、千若はよく食べ、私は柴田家で役目を得た。


でも、歴史の大きな流れは、やはり近づいてくる。


信長と信行。


兄と弟。


その間に、火種が置かれている。


私は祈るような気持ちで、勝家殿を見た。


どうか。


今度は、兄弟が引き裂かれませんように。


そして。


勝家殿が、その火に呑まれませんように。


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