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第2話:絶叫ライブとワイヤーの罠、時々ルイの背中

第2話:絶叫ライブとワイヤーの罠、時々ルイの背中

「はいどーもー! みんなのアイドル(自称)、橘リリカだよっ! ただいま絶賛、ゾンビパニック真っ只中の山埜市から、命がけの緊急生配信中! #絶叫ライブ配信 #ゾンビなう !」


あたしは、スマホのインカメラにできる限りの笑顔を貼り付けた。実際は、心臓バクバクで、足はガクガク。膝が笑っている。汗で頬に張り付いたピンクの髪が気持ち悪い。首筋を汗が伝って、背中まで流れ落ちていく。背後からは、あの世のものとは思えない呻き声が、すぐそこまで迫ってる。腐った肉と、生ゴミを混ぜたような匂いが、風に乗って鼻をつく。胃の奥がむかつく。しかも一体や二体じゃない。悪夢のフラッシュモブだ!


「見てみて、この臨場感! ヤバすぎでしょ! フォロワーのみんな、コメントと拡散よろしくね! 目指せトレンド1位!」


コメント欄の反応はまばらだ。「本当に大丈夫?」「早く逃げて!」みたいな心配の声と、「またリリカがなんかやってるw」みたいな疑いの声。くっそー、こんな命がけの配信なのに、まだバズりが足りない! 口の中が乾いて、舌が上顎に張り付く。


そう思って、角を曲がった瞬間だった。


行き止まり。


目の前に、古いブロック塀が立ちはだかる。高さは2メートル以上。登れない。しかも、ゾンビの群れはもう目と鼻の先! 足音が近づいてくる。ズルズル、ズルズル。何かを引きずるような、湿った音。


終わった。ガチで終わった。


「ひっ…! こ、これはさすがにヤバいって! #絶叫ライブ配信、まさかの最終回!?」


スマホを持つ手がブルブル震える。画面がぶれて、自分の顔がまともに映らない。ルイ先輩から「リリカ、無事!?」ってLINE通知が画面の端にチラッと映ったけど、もう既読をつける余裕もない。ごめん、先輩…。喉がぎゅっと締まる。涙がこみ上げてくる。


絶体絶命。そう観念しかけた、その時。


視界の端に、何か妙なものが映った。電柱に、ガムテープで括り付けられた、一枚の真新しい板切れ。白い木目。雨に濡れても大丈夫なように、丁寧にビニールで覆われている。


『人なら足下の針金に注意!』


「は? 何これ…またこの看板? ルイ先輩が言ってたやつだ!」


看板のすぐ下、地面スレスレに、キラリと光る新品の針金が数本、路地を横切るようにピンと張られているのが見えた。しかも、一本じゃない。奥にも、その奥にも、何重にも! 陽光を反射して、蜘蛛の巣みたいに光っている。これは…要塞だ!


あたしは、それを慎重に、でも全力で飛び越えた。足が空を切る。着地の衝撃が、足首から膝まで響く。運動神経だけは、ちょっと自信あるんだから!


背後で、ドミノ倒しみたいにゾンビたちが折り重なっていく音が聞こえる。ガシャン、グシャ、という鈍い音。骨が砕ける音。呻き声が重なって、不協和音になる。ザマァ!


「みんな、見てくれた!? 今の神回避! #リリカは持ってる女!」


コメント欄が一気に沸いた。「すげえ!」「神かよ」「リリカちゃん頑張れ!」の文字が流れていく。まだバズれる! この状況、逆においしい! 口元が勝手に緩む。でも、心臓はまだバクバクしてる。


針金トラップ地帯を抜けると、古びた一軒家が建っていた。壁のペンキが剥げて、ツタが絡まっている。煙突から細く白い煙が立ち上っている。木を燃やしてるのか、かすかに焦げた匂いがする。ルイ先輩がいるのは、あの家だ!


でも、安心したのも束の間だった。


トラップを乗り越えたり、他のゾンビを踏み台にしたりして、何体かがじりじりとこちらに迫ってくる! ヤバい、数が多すぎる! 五体、六体、七体…数えるのを諦めた。足が竦む。動けない。


「ルイせんぱーい! 助けてー!」


あたしが家の玄関に向かって叫んだ、その時。喉が裂けるかと思うくらい、大きな声が出た。


玄関のドアが勢いよく開き、ルイ先輩が鉄パイプを構えて飛び出してきた。蝶番が軋む音。その後ろには、見慣れない顔の、黒髪でパーカーを着た女の人。汗と埃で汚れた顔。でも、その目だけが、やけに澄んでいる。あの人が、トラップの主…時任ミユって人か!


「リリカ! 大丈夫!?」


ルイ先輩の声が、耳に届く。懐かしい声。泣きそうになる。


「先輩! ダメ、ゾンビがまだ来る! トラップだけじゃ止めきれない!」


ミユさんは、あたしを一瞥すると、すぐに状況を判断したようだった。その目は、驚くほど冷静で、一切の動揺も見られない。瞳孔が、わずかに収縮するのが見えた。


「ルイ、リリカを家の中に! あたしが時間を稼ぐ!」


「でも、ミユさん一人じゃ…!」


「いいから行け! これは命令だ!」


ミユさんの鋭い声に、ルイ先輩は一瞬ためらったけど、すぐにあたしの腕を掴んで家の中へ引きずり込んだ。ルイ先輩の手のひらが熱い。汗ばんでいる。握力が強くて、腕が痛いくらいだ。


外では、ミユさんが一人で、迫りくるゾンビの群れと対峙している。鉄パイプを巧みに操り、ゾンビの足を的確に打ち据え、動きを封じていく。パイプが骨に当たる、鈍い衝撃音。ゴッ、ゴッ、ゴッ。その無駄のない動きは、まるで訓練された兵士みたいだ。でも、相手は数が多すぎる。


「ミユさん!」


ルイ先輩が叫び、家の中から飛び出そうとするのを、あたしは必死で止めた。ルイ先輩のTシャツを掴む。汗で濡れた生地が、指に張り付く。


「ダメだよ先輩! ミユさんの邪魔になるだけだって!」


「ルイ! リリカ! 手伝え!」


ミユさんの声が、ゾンビの唸り声の合間を縫って聞こえてきた。


あたしとルイ先輩は顔を見合わせ、頷き合うと、それぞれ鉄パイプを手に玄関から飛び出した。パイプを握る。ひんやりとした金属の感触。ずっしりと重い。手首が痺れそう。


ミユさんは、ワイヤートラップで転倒しもがいているゾンビたちの足を、的確に鉄パイプで打ち据えていた。骨が砕ける鈍い音。グシャッ、という嫌な感触が、パイプを通じて手のひらに伝わってくる。返り血が飛び散る。生温かい液体が、頬にかかる。鉄臭い。気持ち悪い。吐きそう。でも、吐いてる場合じゃない。ミユさんの横顔は、恐ろしいほどに静かで、そしてどこか美しくさえ見えた。額に汗が光っている。


「二人とも、転んでるやつの足を狙え! 確実に動きを止めろ!」


ミユさんの指示通り、あたしとルイ先輩も、団子状態になっているゾンビたちの足を、無我夢中で叩き始めた。パイプを振り下ろすたびに、腕に衝撃が走る。肩の筋肉が悲鳴を上げる。ゾンビの呻き声が、すぐ耳元で聞こえる。腐った息が顔にかかる。でも、やるしかない! 歯を食いしばる。顎が痛い。


どれくらいの時間が経っただろう。腕がパンパンに張っている。息が上がって、視界がぼやける。気づけば、家の周囲に迫っていたゾンビの群れは、そのほとんどが足をやられて地面を這いずっていた。


「…ふぅ。なんとかなった、か」


ミユさんが、荒い息をつきながら鉄パイプを肩に担ぎ直した。パーカーは破れ、汗で濡れた首筋が生々しい。鎖骨のラインが見える。血と汗が混じって、肌の上で筋を作っている。でも、その目は満足そうに細められていた。


その視線の先に、ルイ先輩がいる。ルイ先輩も、息を切らしながら、どこか安心したような、それでいて熱っぽい視線をミユさんに向けていた。肩で息をしている。胸が上下している。汗が顎から滴り落ちる。二人の間にだけ流れる、濃密な空気。あたしは少しだけ息苦しさを感じた。胸の奥が、チクリと痛む。


家の中に戻り、ルイ先輩が淹れてくれたインスタントコーヒーを震える手で受け取る。マグカップの温かさが、冷え切った指先に染み込む。コーヒーの香りが、血と汗の匂いを少しだけ上書きしてくれる。一口飲む。苦い。でも、生きてる味がする。


ミユさんは、手早く自分の腕の擦り傷を手当てしながら、あたしに尋ねた。消毒液の匂いが鼻をつく。


「で、リリカ。なんでまたあんな大群に追われてたんだ? SNS映えする絵でも撮りに行ったのか?」


「うっ…そ、それは…まあ、ちょっとだけ…でも、それだけじゃないんです! ヤバいもの見ちゃったんですよ!」


あたしはスマホを取り出し、必死で撮影した映像を再生した。画面がまだ少し震えている。さっきの恐怖が、指先に残っている。


「これ見てください! ゾンビの群れなんですけど、なんか、今までの奴らと動きが違ったんです! まるで、誰かに指示されてるみたいに、一斉に同じ方向に向かってて…」


「…なるほどな」


ミユさんは、腕を組んで映像を食い入るように見つめている。その横顔は、やっぱり何を考えているのかわからない。眉間に、かすかな皺が寄っている。


「あの…ミユさん、ルイ先輩」


あたしは、ずっと胸につかえていたことを口にした。言葉が、喉の奥で詰まる。


「実は、ユズハ先輩とは、ちょっと前まで一緒にいたんです。でも、あの商店街で、今日みたいなゾンビの大群に囲まれちゃって…。ユズハ先輩、あたしを逃がすために、自分が囮になって…それっきり、連絡が取れないんです…」


言いながら、また涙がこみ上げてきた。視界がぼやける。鼻の奥がツンとする。声が震える。


ルイ先輩が、そっとあたしの肩に手を置いた。その手のひらの温かさが、肩越しに伝わってくる。その手は、少し震えていた。ルイ先輩も、怖いんだ。不安なんだ。それがわかって、少しだけ、楽になった。


ミユさんは、黙ってあたしの話を聞いていたけど、やがてぽつりと言った。


「…そうか。ユズハ、ね」


その声には、感情がこもっていないように聞こえたけど、瞳の奥には、何か強い光が宿っているように見えた。決意、なのかもしれない。


「そいつも、あんたと同じ学校のやつか」


その言葉が、拒絶なのか、あるいは興味の始まりなのか、あたしにはまだ、分からなかった。


でも、なぜか、この人たちと一緒にいれば、ユズハ先輩を見つけられるような気がした。根拠なんてない。ただの直感。でも、あたしの直感は、時々当たる。#持ってる女、だから。

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