信じてください陛下、全部濡れ衣です。
政略結婚が決まった。国同士の和平協定の為だ。
「貴様、俺に媚薬を盛ったな」
え?
突拍子もない言葉に私は唖然とした。媚薬を盛った?
そんなことしない。私はこの国に来たばかりで迎えの馬車からこうして陛下と対面するまで一直線だった。婚礼の為というより貨物輸送に近い。お手洗いにすら行ってない。でも陛下は私を鋭くにらみつけてくる。毒殺を企てたと疑われているのだろうか。
私はそばに控えていた護衛騎士の男女の様子をうかがう。私はこの二人の誘導で玉座までやってきたのだ。護衛とはいえ監視も兼ねているだろうし、私の行動の目撃者……にはなるはず。でも、国の皇帝がそう言うなら、私は切られるかもしれない。手のひらに力がこもる。護衛騎士の男女は自分たちの剣の握りに触れた。
私はおそるおそる顔をあげる。男女の護衛騎士たちは、陛下を警戒していた。
国を統べる人間を見る目じゃなかった。汚いものを見る……というか、私の国の人間が私を見るみたいな、嫌悪の目で陛下を見ていた。
「お言葉ですが陛下、わたくしどもはずっと皇妃様の傍に控えておりました。一人で移動なさった事実はございません」
「はい」
護衛騎士の弁明にもう一人の騎士も続く。想定外の反応に混乱した。私の国では、あらゆる悪事が私のせいになっていて、私の存在そのものが、悪いことを解決する便利な手札になっていた。
やって来たばかりのこの国で、私を信じる人なんていない。そう思っていたのに。
でも、陛下の傍に控えている秘書官はどうだろう。秘書官は陛下と一緒に王の間にいたわけだし。
視線を向けると、彼は私と同じように陛下に対し怪訝な顔をしていた。
そこでも?
陛下は、どういう位置……?
なぜ側近全員に怪訝な顔をされているの?
こういう時、私が疑われたり、糾弾されるものでは……?
もしかして、陛下も自分の国で、八方ふさがりの状態になっているのでは。陛下は私を疑ったけれど、状況が状況なので、悲しみより陛下への心配が勝つ。
「陛下、皇妃様は城に到着した後、そのままこちらにいらっしゃる予定でした。実際にこうして到着しております。陛下のお考えと現状は、大きく異なっているといえます」
「まだ皇妃と決まったわけではないだろう」
「もう我が国の地に足をつけてくださったのですから皇妃様でしょう。陛下の花嫁様ですよ。そのお言葉は皇妃様に対して大変な失礼にあたりますよ」
秘書官は厳しい口調で反論した。う……と陛下は子供が注意されたみたいな顔をする。
え?
こういう時、よそ者、皇妃なんて形式だけだと私が罵られるものではないの?
どうして陛下は言い返されているの?
やっぱり、陛下は私と同じなのでは……。
疑惑を抱いていると「よそ見とはいい度胸だ」と陛下は私を睨みながら、一歩一歩近づいてくる。しかしすぐに護衛騎士のふたりが、陛下と私の間に立った。それも私を庇うように。
「おい」
陛下は護衛ふたりを睨んだ。
え、陛下を守るなら私に背を向けるんじゃなくて、陛下に背を向けるものではないの?
陛下は自分の前に立ちふさがる護衛騎士ふたりを睨んだ。
「貴様ら不敬だぞ」
「陛下は不埒です」
護衛騎士の一人が言い返した。
陛下は憤りを覚えたように眉間に皺をよせ、ふたりの肩越しに陛下は私に語り掛けてくる。
「貴様、魅了魔法の重ね掛けもしているようだな。手練れと見える。貴様は国から悪女と呼ばれていたと聞く。金に糸目をつけず贅沢三昧を行うようなものか、政を裏で動かすようなものか、どちらか考えていたが……なるほど男を手玉にとるほうだったか」
いや私は、魔法が使えない。魔法が使えないことを理由に国からも家族からも不要とされていた。
ゆえに王家の不祥事は全て私のせいになっていた。
どうせ役に立たないし、他の家族はみんな強い力を持っていて、失敗したら評判が落ちてしまうけど、私には落ちる評判も無いから。
そのうち王家に限らず何かあれば私のせいになった。誰も、異を唱えない。違うと言っても、信じてもらえない。何もせずとも疑われる。それが全て。否定しても意味がなかったし、だんだん、魔法が使えない──価値がない私が、悪いことを何もしていなくたって、誰も見ていないし、私の身の潔白だからといって何にもならないないのだから、黙っていた。
私は何もしてない。でも、何もしてなかったとしても、それがなんだというのだろう。悪いことが起きているのなら、もう全部私に集めて、私ごと片づけてしまったほうがいいのではないか。そう思ってだ。
「フン、黙秘か……異常なほど強力な媚薬を盛り、魅了魔法をかけているから俺の判断力が鈍っていると踏んでいるのだろうが、そんなことはない。今すぐ抱きしめたいとは思っているが、俺は、正しい皇帝であろうという確固たる意志がある。貴様の思い通りにはさせない」
陛下は冷酷な目で言うけれど、秘書官は咳ばらいをした。
「お言葉ですが陛下、皇妃は魅了魔法を使用しておりませんし、媚薬も盛っていません。そもそも皇妃様の思惑は何だとお考えでしょう」
「国を、取る」
「そこまでのことを考えるならば、この国では陛下が前線に立ち、陛下がその膨大な魔力で敵国を圧倒し、小国を束ねてきた歴史を知るでしょう。それなら陛下を狙わず別の国のほうが平和で楽だと思い陛下を狙いません。国内外問わず女性に人気、商業も盛んな隣国の王子を狙いますよ」
「貴様も篭絡されたか」
「陛下を篭絡できる媚薬を調薬可能で魅了魔法も扱えるのであれば、彼女は結婚はせずに夜会で各国の長と縁を結んでいるはずです。その場合、彼女の祖国は今より栄えているはずです。しかしながら彼女の祖国は──」
秘書官はそこで言葉を区切り、こちらに振り返った。
「皇妃様、誠に申し訳ございません、失礼を承知で、お話をさせていただきます」
「は……はい」
「皇妃様の祖国の国力はあくまで中程度。陛下の想定する彼女の能力とつり合わない。そんな便利な魔法が使えたら彼女の国は各国の要人にいかんなく発揮され、彼女の祖国は強国として名を馳せ、我が国と争いになっていたはずです」
秘書官は私に断りを入れてから陛下に進言する。
「それに先ほど陛下は悪女と呼ばれている、と皇妃様に対してお話しされていましたが、陛下だってこの国では皇帝ではなく──」
「やめろ。それ以上言うな。既婚の貴様に俺の憂いなど分からないだろう」
「はい、存じ上げません。それに陛下はもうご結婚されているんですから、既婚未婚で区別する場合、前者としてご意見のほどよろしくお願いいたします」
「信じられない」
陛下は視線を落とした。
信じられない?
陛下は、結婚に対して快く思っていなかったのだろうか。でも、当然だ。私なんか誰にも受け入れられるはずがないのだから。私と結婚したい人間なんて、誰も──、
「すみません。陛下は女性に慣れていないのです」
それまで黙っていた護衛騎士の女性が私にそっと囁いた。
「え……? それは、女性が、お嫌いだから、とか」
「いや、お話をされないので。色々……二十歳の年を迎えるまで、女性と本当に……会話をされずお過ごしになられたので、慣れていないのです。あの、女性とお話をすることに」
「え……」
「そのため、自分が女性と結婚をしていることが信じられないと、そうお話をしたいのでしょう」
それは一体どういうことなのか。話を聞こうとすれば陛下が「貴様、王家の内情をよくも」と護衛騎士の女性を止める。しかし秘書官が「おやめください陛下」と即答した。
「今ですら皇妃様を混乱させてしまっているのですから、こうしたことは順序立てず言ってしまったほうが早いです。どんなに格好をつけたところで、結婚すれば長く過ごせば、いずれ化けの皮は剥がれる。弱いところを愛してもらうほうが、人生楽です」
「弱いところ……?」
戸惑う陛下。
秘書官は無言で陛下を見つめていた。
「俺のどこが弱いというのだ」
秘書官は私を見た。
どうしてこの話の流れで私を見るの?
視線を逸らすと、秘書官は咳ばらいをした。
「陛下、皇妃様は祖国からの長旅で大変お疲れのご様子。陛下もこれ以上皇妃様に今後語りがたいご対応を続けてしまっては民に示しがつきません」
語りがたいご対応とは。
私は混乱しつつも、別室に通されたのだった。
◇◇◇
皇妃として与えられた部屋は豪華な部屋だった。陛下が私を何か変な魔法を使っていると疑っているので、てっきり地下牢とか拷問部屋に直行するのだとばかり思っていたので、最初はいつ毒を盛られるのかとひやひやしていたし、夕食が沢山出たときは、毒の種類の分だけ料理も増えているのかと思ったけど、ずっと効かない。
その後お風呂に入って、侍女が五人くらい現れたので、このまま浴槽に沈められて死ぬのかなと思っていたら、身体を洗ってもらえた。
そうして、初夜になった。陛下は来なかった。
当然だ。疑われているのだから。私は駄目だったのだ。でも仕方がない。そもそも、政略結婚はそういうものだし。物語みたいに誰かに愛されたいと思っていたけど、そういうものは私の人生にないのだ。分かってたはずなのに、胸が痛む。
朝、侍女が部屋にやってきて、「せっかくですしお散歩でもされますか?」と明るい声で誘われ、一緒に部屋を出た。これから、このお城で暮らす。陛下と……夫婦になる。でもきっとそれは白い結婚で、いつか離縁して私は祖国に戻る。結婚する理由も、同盟の象徴として祖国として出せる最低限のものが私だったからだ。
内情では私なんていらない存在なのに、よそから見れば私は大事な王族の娘だから。
「皇妃様」
侍女と歩いていると秘書官と女性の護衛騎士が駆けてきた。女性の護衛騎士は昨日、玉座にいた人だ。私を城の中に案内してくれた。
「すみません皇妃様、結婚初夜を台無しにしてしまい」
秘書官が申し訳なさそうに話す。私の傍にいる侍女は、陛下が寝室に来なかったことを知っている……と思う。不安げな顔をしていた。
心を痛めてくれているらしい。私はよその国の人間なのに。
「私が、魅力が無いから」
「いえ、陛下に100の問題がございます。一応、ご無礼が無いよう努めますが、こちらを」
秘書官は小型の小箱を渡してきた。上部に突起がついていて、側面に押すような部分がある。
「これは一体」
「誰に対してでも構いませんが、たとえば陛下にお使いください。万が一襲われたとき、たとえば陛下への対抗手段の一つとして、お役立ていただければ幸いです」
「え……?」
「側面を握りながら突起を相手に刺すと、麻痺します。同時に染料が噴出し、相手にかかります。護衛騎士二人に連絡がいく仕組みになっており、爆音も鳴ります。護衛騎士ではなく周囲の人間もかけつけます。皇妃様に仕える君もこれを」
秘書官は侍女に小箱を渡す。侍女は覚悟を決めた表情で受け取っていた。
「陛下が生き恥を晒す前に、永劫称賛の尽きぬ名誉ある戦士の死を死守せよ」
「名誉ある戦士の死を死守せよ」
すごく言い辛そう。
すらすら早口で喋れないようなことを言い合っている。ややあって侍女は、柔らかな笑みを浮かべた。どういう意味か分からない。私は一応、合わせるように笑みで返した。
◇◇◇
散歩をし、朝食終えると──私は窮地に陥っていた。
朝食も今まで見たことのない品数だったので、蓄積型の毒なのかな……と思いつつ、でももしかしたら普通に歓迎の意味かもしれない……と期待しそうになって自分を戒めながら食事を終え、退出すると殿下が現れたのだ。
「お前は朝から何を考えているんだ」
「え」
「媚薬を盛るなんて。どうかしているんじゃないのか」
傍に控えていた女性の護衛騎士が私の真横に立った。斬られると覚悟しても、いつまでたっても私の首は繋がったままだ。顔を上げると女性の護衛騎士は陛下を見ていた。
「どうかしているのは陛下のほうでは。朝からなんですか一体」
「俺は朝から媚薬を盛られている」
「皇妃様は何もされていませんよ。朝は侍女と散歩をし、食事にいらしただけです。陛下はまだ何も召し上がられていないじゃないですか」
「……無臭の空気分散型の薬でも使っているのか。俺が昨日初夜の場に現れなかったから、強硬な手段を取ったのか」
陛下は訝し気な目でこちらを見た。初夜ということばに胸が痛む。昨日、妻として課された義務が果たせなかった。
「初夜に姿を現さないというのは、妻に対して非礼であったと思いますよ」
女性の護衛騎士が言う。
「魅了魔法の重ね掛けと媚薬を盛られている以上、俺といては危ないだろう。相手がいくら、そんな魔法をかけた張本人であるからといっても」
陛下はジッと私を見た。
魅了魔法も媚薬も、濡れ衣だ。
でもしてないと言って、信じてもらえるだろうか。そもそもよその国から政略結婚でやってきた人間が、国の皇帝に反論するなんて不敬では。
私はただただ俯くばかりだった。
◇◇◇
白い結婚で誰にも期待されてないだろうけど、一応皇妃という位置にいるのだから、きちんと役目を果たせるように。
私は語学と宗教、慣例の勉強をしていた。
結婚が決まってからこの国について学んだけれど、所詮付け焼刃。他国で学べるものと現地で実際にあるものは違う。私は教育係のほか、侍女、護衛の仕事の邪魔にならない範囲で、自分の学んできたものが実際にどうか、宗教的な事情について精査していた。
そこで分かったことは、言葉の選び方や文化的事情で齟齬が発生しやすい、ということだ。国同士の価値観がそもそも違うので、そこのずれが言葉の意味合いの解釈に微妙なずれをもたらし、結果的に大きく意味が変わっていく。
宗教的な経典も物語も、翻訳したものと原本では違う。その違いが面白いと思うし、同時に違いがあるという前提がないと問題が起きたりして危ないのでは……と軽く話をしたところ、教育係が語学について関心の強い方だったので、一緒に書庫の本で私の国とこの国での意味合いの違いについて洗い出しをすることになった。
しかしそれが、大きな問題に発展した。
「お前の教育係についてだが。この国でも有数の冷静で情動の波がほとんどないような人間を起用した。それが何だこのありさまは」
書庫で陛下が私を睨む。
私の教育係は、山積みにした本の中で嬉しそうにページをめくり、手帳に記載していた。
「えっと」
「おい、教育係、お前は今何をしている」
「この国と皇妃様のお国の言葉の違いについて調べています‼ では‼」
「では、ではないだろう。何を考えているお前は」
「言葉ってすごい‼ 言葉って楽しい‼ 本は面白い‼」
陛下は教育係を見た後、私を見た。
「なるほど、全て分かった」
陛下は大きく頷く。
「貴様は俺の懐に入ろうと、まずは手短に教育係と交流を深め、俺との仲を勧めようとしたんだな。健気さまで出して俺の心を弄ぶ気か。そして俺の警戒が緩んだところで心の隙をついて一思いに食べてしまう気なのだろう。俺のすべてを味わい尽くし、何もかもを奪う気なんだろう」
そんなことはありえない。食べるなんて。でも自国で醜いと言われていたし陛下には私が人間ではなく人食いバケモノに見えているのかもしれない。
「計略に長けているようだが、惜しかったな。見抜かれるようではまだ浅い。熱心に学び書物を読む淑やかな姿に心うたれた俺が油断して、お前に隙を見せた瞬間、お前の本性が露になるくらい予想出来る。確かに俺は今、お前に対して、真面目で純粋そうという印象を抱いている。しかしそれはまやかしだと、お前が俺をあざ笑い、呆然とする俺に対して挑発的な笑みを浮かべながら俺の服を──」
「陛下、この場に幼児がいて、話をしても問題がないと思う言葉以外、もう何も話さないでください」
いつのまにか陛下の後に立っていた秘書官が、陛下に注意をした。
陛下は「幼児がいて出来る話など皇妃の前で出来るわけないだろうが」と憤りをあらわにした。相手は秘書官。私が来たせいで、政治的な不和が発生しているのではないだろうか。
私が原因で起きたことなら、なにか、できることは……。
考えるけれど、何をしても祖国で犯人扱いされてきた記憶がよぎる。一番いいのは何もしないことかもしれない。私はただただ、秘書官と陛下の問答を眺めていた。
◇◇◇
私がいると揉めてしまうので、政治的なことに関わらないほうがいいだろうと、私は教育係と語学についての齟齬の洗い出しを行いながら、城について知ることにした。
すると、この国は軍事産業が発展している一方、武器に使われる素材として鉄や鋼は重宝されるけど、一緒に出てきた宝石のもとになる鉱石はそのまま輸出してしまっているということが分かった。
話を聞くと、みんな「鉱石のまま輸出するより宝石に加工して売るほうが儲かる……」と思っていても、出来ないらしい。理由は世間体だ。「武器じゃなく宝石加工なんて戦を舐めてると言われたくない……」という忌避感が、ずーっと続いていたのだ。
なので「もし宝石加工に挑戦してみたいと思ったら、私のせいにしていい」と伝えた。
私はよその国の人間だし、よその国の人間の言いなりになるなんて、と宝石加工に挑戦した人が責められる可能性もあるけど、結局は全部私のせいになるのだ。時間の問題だ。
祖国ではそうだった。何もかも私のせいになる。最初は説明したり、どうしたら伝わるか、誤解されないか考えていた。
でも、何をしても駄目だった。それならばと、考え方を変えた。私は、私が良く思われることを私の世界から捨てた。その努力を、やめた。だってどうにもならないものはどうにもならないから。
私のせいになって物事が動くなら私のせいでいい。それで国や世界が良くなるのなら、そんなにいいことはない。
報われなくていい。神様は見ていてくれる。これだけ頑張って駄目なら死ぬときくらい安らかにと、安楽死させてくれるはず。
どうせ死ぬときは死ぬ。そして私の生存を願う人間は少ないので、早く死ぬ。ただ政略結婚とはいえ、結婚することになったので少し期待してしまったけれど、私の人生はおそらく上手くいかないようにできている。
だから大丈夫と、思っていたけれど──、
「お話をしてもいいですか」
皇妃教育を受けた後、男性の護衛騎士が呟いた。
「え、ええ、どうぞ」
「少し前置きが長くなってもよろしいでしょうか」
「は、はい」
「一つ、この話は男が皇妃様にお伝えするのは不適切かもしれないと私は思っています。二つ、だからといって女性がこの話をすることはもっと不適切です。三つ、この話をしないという選択肢によって、皇妃様が誤解をして悩まれることを避けたいと思っています。四つ、この国は貴女の味方です。以上です」
護衛騎士は無表情で話す。そのあと「あ、付け足してもいいですか」と付け足す。
「どうぞ」
「五つ、俺は生まれつき、顔に感情が出ない気質なので、不安に思ったら踊ってと言ってください。害意がないことを示す踊りをします」
「は、はあ……」
複雑な前置き、そして補足の後、護衛騎士は続けた。
「陛下は……皇妃様に厳しい口調でものを話すと思うのですが」
「まぁ……」
それは仕方ないことだと思う。私が魅了魔法をかけ、媚薬を盛った人間だと思っているのだから。私はそんなことをしてないけど……。
「元々、前の皇帝である陛下のお父様が奔放な方で、陛下のお母様にあたられる前の皇后様が、女性は汚いものと、徹底的に陛下にお伝えをしてしまい、前皇后様が亡くなられるその日まで、徹底して女性との関わりを断ってお過ごしになりました。ゆえに、皇妃様に厳しい態度になっているように思います」
「そうだったんですね……」
「そうして完成したのがあちらでございます」
そんな工芸品みたいな言い方をされても。護衛騎士の示す方向には秘書官と並び話をする陛下の姿がある。
「秘書官の最大の使命は皇帝の補佐です。皇帝の幸福を支えることでもありますが、皇帝の思うままにし、不幸や国の混乱を招くことも避けなければなりません。そのため陛下の内情についてお伝えすることはその理に反する」
「確かに……」
誰かの事情を勝手に話すことはよくない。
「でも、知らなければ皇妃様は、変な男に睨まれて変なことを言われ続ける状況を、自分のせいだと誤解する可能性がある。今のこの状況は陛下と陛下の環境の問題ですので」
「そ、そうでしょうか……」
「はい。100あるうちの100、陛下に問題があります」
護衛騎士はきっぱりと言う。そうは思えない。私にも何か責任があるのでは……よそから来たわけだし。
「そもそも、魅力的だと感じる女性がいて、なにか言えるのがまずおかしいですから。男は普通、好きな女性がいても何も言えませんよ。美しい、愛してる、好きだなんて、怖がられたらどうするんですか。それをよくもまぁ媚薬盛っただろなんて、正気じゃない。バケモン」
ん?
護衛騎士の言葉に、なにか彼自身の主張が詰まっている気がした。戸惑っていると、「しかしながら、戦の場で、誰かが傷つくならば俺でいいと前線に出る人ではあるので」と付け足す。
「出来れば幸せになってほしいとは、思いますし、陛下の相手が、この国のことを学ぼうとしてくださる方で、良かった」
「さ、さようですか……」
「ええ。ああいう方ですが、よろしくお願いいたします」
◇◇◇
陛下は私を疑っていると思っていた。
しかし、過去に女性についての教育があったのなら、私ではなくて女性全般に対して疑いがあるのかもしれない。言葉の翻訳のように、前提が違えばすべてが違って見える。
私は陛下と二人きりで話が出来ないか、侍女に相談した。謁見の時間はすぐに設けられた。
「今日は対魅了魔法を重ね掛けしてきたぞ」
フン、と陛下は私を怜悧な眼差しで射貫く。前は私だけへの敵視だと感じていたけど、今は、女性全般にこうなのだろうと受け止められる。思えば陛下は魅了魔法と媚薬について疑うだけ。お金を盗んだとか、物を壊したと疑うことは無い。
「で、話はなんだ」
「この国に来て、まだあまりお話をさせて頂けていないと感じておりまして」
「まぁ、そうだな。どうだこの国は。不便はないか」
「いえ……この国の人々や文化に触れることが出来て、幸せです」
痛い思いをしなくて済む。最初はそれだけだった。でも、毎日、穏やかに日々が流れて、今までは生きるのに必死で気づけなかった景色や、人の会話の楽しさに触れて、充実している。
「なら、よい」
「それでなのですが……皇妃としてのお仕事というか、夫婦として……何かお手伝いできることがございましたら、お声掛けいただければと存じます。あの、陛下が女性に対して思う所があるというのも承知しておりますし、ご事情はあると思うのですが……」
「女に対して思うことなど、戦いに出るな以外ない。危ないからな」
「では……私になにか出来ることは」
「そんなもの決まっている。魅了魔法の重ね掛けと媚薬を盛るのをやめろ」
陛下は真っすぐな目で言う。
「俺も、普通にお前と話がしたい。どんな人間か知りたい」
「陛下……」
私は今まで、疑われても違うと言わなかった。どうせ信じてもらえない、否定されると。
でも陛下なら、違うんじゃないか。
私は、勇気を振り絞っていった。
「信じてください陛下、全部濡れ衣です」
そう言うと、しん、と部屋が静まり返った。
「なら俺は、一方的に興奮してる変態みたいじゃないか?」
沈黙を経て、陛下は子供みたいな顔で言う。
私は、陛下の魅了魔法と媚薬の嫌疑について、どうせ自分は疑われる……と思考停止していた。しかし、最初から振り返ってみれば、陛下はなんで、私を見て魅了魔法と媚薬の嫌疑をかけたのか。魅了魔法は、相手を好きになる魔法だ。そして、媚薬は──、
私は陛下を見る。下心のある表情ではない。
しかし、これまでの嫌疑の数々が頭をよぎる。
陛下を、疑いたくはない。しかし陛下が結論を出している。
「俺は、変態なのか」
陛下は私に真っすぐ問う。
以前の秘書官の話が、脳裏をよぎる。
──どんなに格好をつけたところで、結婚すれば長く過ごせば、いずれ化けの皮は剥がれる。弱いところを愛してもらうほうが、人生楽です。
陛下の弱い部分は、つまり。
しかしそれを直接言うべきか言わぬべきか。
選べぬままに、私は結婚の難儀さを実感していた。




