第31話:慣れは美酒を殺す
「地竜が出て――」
「魔法使いが――」
「俺は目の前で見た――」
「実は正体は貴族様だって――」
◇
「(……飽きたなぁ!!)」
今日も今日とてギルドの隅っこで酒を呷っていた俺は、酒を飲み干したコップを置いて不満気に頬杖をついていた。
あの魔物の大暴走が起きてから2週間が経過したボーリスの街では、少々落ち着いてきたとはいえ現在も竜種を討伐した魔法使いの話で溢れかえっている。
尾ひれが付きまくった暁には、『あの魔法使いは実は古の勇者様の生まれ変わりであり、竜種の力をその身に取り込んだどこかの貴族の庶子であることを隠して活動している、実は巨乳で恥ずかしがり屋な男装少女』とかいうとんでもないことになっていた。
誰だよそれは。
最後は願望じゃねぇか。
でも俺も好き。
……違うそうじゃない。
とまぁ、そんな感じでいろいろと考察やら噂やらが広まり、今では冒険者たちだけに限らずボーリスの一般住民たちにまで魔法使いの話が広がっていた。
街の中央の広場では、連日吟遊詩人が素晴らしい歌声とともに魔物の大暴走の話を語り聞かせている。
これがなかなか面白いもので、吟遊詩人といっても個人個人ではその内容が違っているのだ。
しかし、違ってはいてもその内容は魔法使いを称賛するものばかり。大変気分が良い。
最近ではギルド内だけではなく、酒を片手に広場の吟遊詩人の歌を肴にして飲むことも増えた。
その内容に目を輝かせている少年少女をみるのも実に良い。
思わず、「その魔法使い……実は、俺、何だぜ?」とか言ってみたい。
実際に言ってみた場合の周囲の反応を想像しながら飲む酒の何と甘美なことか。
思わず足だけタップダンスした時は子連れの親子に変な目で見られたが気にしていない。
「ママ、あの人……」「シッ、見ちゃいけませんっ」という定番のやり取りをされても気にしていない。
ないったらない。
閑話休題
「はぁ……でもなぁ……」
そんな生活を時折ランページファングを狩って親父さんに差し入れながら2週間続けていたわけだが、流石にと言うかなんというか。
ちょっと飽きが来ている。
より正確に言うのであれば、初日程酒がおいしいと感じなくなっている。
飽きと言うよりは慣れなのだろう。
「噂話も尾ひれが付きまくって全く別の物になってるのが増えてきたし……なんかいまいち、感動がないというか……」
もはやそれ、俺じゃなくて全く関係のない誰かなんじゃね? みたいなことになっている。
|黒いローブに仮面をつけた男の魔法使い《公式設定》が蔑ろと言うか、原点をもっと大事にしてもらいたいものだ。
それこそ、姿形なんてあの時見ていた奴は大勢いるはずだ。
違う設定があれば違うと、声を大にして言ってもらいたい。
「……面白がって、全然別の噂を流す奴がいる、とかあるのかねぇ。それはそれで、何か別の陰謀とかありそうで面白そうではあるが」
「何が面白そう?」
「色んな噂があるよなぁって話だよ、マリーン。あと、音もなく背後に立たないでくれびっくりするから」
「……えっへん」
「何を誇ったんだお前は」
いつの間にか背後に立っていた白いローブを身に纏った青髪の少女。
いつも通りのジト目を向ける彼女に呆れながらも、俺はそっと隣の席を引いてやった。
特に何も言うことなくその席へと座り、手にしていた彼女の身の丈ほどもある杖を間に立てかけた彼女は、俺の手元にあったコップを興味深そうにのぞき込む。
「……お酒?」
コップの底に残ったアルコールの香りでわかったのか、マリーンが不思議そうに俺を見上げた。
そんな彼女に、俺は「ああ」と頷いて見せる。
「トーリも飲むんだ」
「そりゃ、めでたいからな」
「めでたい?」
「魔物の大暴走が彼の魔法使い様のおかげで解決したからな。 その祝いで飲んでるんだよ」
そう言うとマリーンは「なるほど」と頷いて見せた。
「……うん、ボクも聞いた」
「お、流石にマリーンも耳にしてたか。しっかし、すげぇよなぁ。竜種すら倒す魔法使い様だってよ。もしかしたらマリーンよりも強いかもしれないな」
「……うん」
「……あれ?」
この国でもトップレベルの魔法使いであり、『魔女』と呼ばれるマリーンのことだ。
もうちょっと話に乗ってくると思っていたんだが……そんな俺の予想に反して彼女の受け答えは随分と淡白だった。
魔法関係の話であれば、もう少し食いついてきてもおかしくはないのだが、とマリーンの様子を見ていると、表情とは別にその両手がグッと力強く握られていた。
何か思うところがある、とった様子だ。
「(あー……責任とか、感じてるのかねぇ)」
魔物の大暴走が起きたあの日は、マリーンたち『白亜の剣』はボーリスではなく王都へと赴いていたのだ。
その間に、自らが拠点とする街での魔物の大暴走。心配にならなかったはずはない。
何故あの時、街にいなかったのかと。
きっとマリーンも、街を守るために何かしたかったのだろう。
「あんまり気にすんなよ。護衛で王都にいたんだし、そもそも魔物の大暴走が起きるなんて誰にも分らないんだからよ」
マリーンの内心も考えずにただ自慢話をしていたことを恥じた俺は、視線をギルドのあちらこちらへと彷徨わせながら励ます様に言ってみる。
するとマリーンは、項垂れるようにカウンターに伏せてしまった。
「マ、マリーン……?」
「魔法……」
「……ん?」
「魔法、見たかった。残念」
「……おう、そうか」
どうやら違っていたらしい。
俺の心配を返せ。
「……トーリはみた?」
うつ伏せになりながらも顔だけはこちらへと向けたマリーンは、そう言っていつものジト目を向けて来る。
「まぁ……最後の方、遠目からだが――」
「どうだったっ」
「うぉっ!?」
一応その本人であるため詳細な魔法の説明まですることも可能なのだが、それら諸々については隠すつもりでいるため言うつもりは毛ほどもない。
がしかし、この魔法馬鹿にちょっとばかし俺の活躍について自慢したいこともまた事実。
そう思っての発言であったが、いつも以上の食いつきを見せたマリーンは、うつ伏せになっていた体を『纏い』でも使ったのかと思う速度で起こして詰め寄ってきた。
思わず仰け反ったが、仰け反った分マリーンにグイと密着するまで詰め寄られる。
ふむ、シュッとした見た目に反して意外と大きい……
「違うそうじゃないっ」
「?」
「何でもない。とにかくまずは落ち着いて離れろ。俺の腰が死ぬ」
「……歳?」
「はったおすぞ」
マリーンの両肩に無理やり手を置いてグイと押し返すと、何をする、と言いたげな無表情の額を指で弾いた。
「むぅ……理不尽」
「自分で言うな自分で。……それで、魔法だったな。正確にはわからないが、見えない何かで魔物……地竜も含めて首を落とされていたぞ」
「……なるほど」
「何か心当たりのある魔法でもあるのか?」
考え込むマリーンに聞いてみれば、彼女はうん、と頷いた。
「見えないなら、たぶん風の魔法。ボクも使えるけど、風の刃で斬りつける『風斬』の魔法がある」
「ほう、またそりゃ便利そうな魔法だ」
「ん。でもトーリの魔法は出力がカスだから使えない」
「はったおすぞ」
「その魔法なら、納得できる。けど……」
そこまで話して、再び考え込んでしまったマリーン。
何かあるのか? と問うてみれば彼女は再び頷いて話を続けた。
「竜種はその魔力で体を覆う鱗を強化している」
「まぁ聞いたことはあるな。リリタンさんの槍でも貫けないくらい硬いんだろ?」
「そう。それは魔法も一緒。竜種の鱗を断ち切るなら、相当な威力が必要になる。でも、風の魔法じゃボクにも無理」
「お前以上の魔法使いだからできたんじゃないか?」
「……うん、そうかも。だから、一度会ってみたい」
ジッとカウンターを見つめたまま視線を動かさないマリーン。
そんな彼女の隣にその魔法使いが隣にいますよぉーと内心で零しながら、俺は「会えるといいな」と視線を彼女から外した。
それからも、話題が魔法についてだからなのか、いつもより饒舌なマリーンと謎の魔法使いについてあれこれと話をした。
マリーンとしてはその魔法使いが使った魔法は風の魔法を使う魔法使いだと予想しているらしい。
というのも、先程の『風斬』に加えて、地竜の攻撃を防いだのは『風陣』という不可視の風の膜を張る防御魔法。
そして見えない程の速度で移動したことについては、風を纏うことで速度を増す『風脚』という魔法を使用したのだろうと話してくれた。
魔法使いが使用したのは恐らくこれらの魔法だろうと真面目に予想しているマリーンを尻目に、俺はうんうんと上機嫌なことを隠しながら話を聞いていた。
答えを知ってる分、何も知らない人の予想を聞くのすっげぇ楽しいわぁ! と再び美味しくなった酒を呷るのだった。




